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藤田玲司と三田村館長が認めた「佐野乾山」、ギャラリーフェイク 006 「タブーの佐野乾山」 細野不二彦著 を読む [尾形乾山]

今回もコミックです。細野不二彦氏の「ギャラリーフェイク」です。

ギャラリーフェイク (Number.006) (小学館文庫)

私は、あまりコミックは読みませんが、この「ギャラリーフェイク」はお気に入りの一つです。これは、ニューヨークメトロポリタン美術館の元キュレーターである藤田玲司が主人公です。彼は、優れた審美眼と神業的な絵画の修復技術を持っていますが、なぜか贋作を扱う「ギャラリーフェイク」という店を出しています。そして裏では盗品や美術館の横流し品を法外な価格で売りさばくという噂が美術界に広がっています。

その「ギャラリーフェイク」の文庫本006に掲載されている『タブーの佐野乾山』を今回取り上げます。

藤田玲司がひょんなことから三田村館長(藤田が憧れる美人館長)の妹が司会を行っている「ズバズバ!! 家宝鑑定局」に出演することになります。その番組の中で、鑑定依頼された乾山の焼物をめぐって古美術の鑑定師である青山新ノ輔と対決します。
青山:プロのわれわれの間にはこういう言葉があります。乾山を見たらニセモノと思え!! それほど乾山のニセモノは昔から多く作られているのです! そうですな、ギャラリーフェイクのフジタ先生。
藤田:おおせの通り!
    (二人の鑑定額は、青山:5万円、藤田:800万円とでる)
青山:フジタ先生はメトロポリタン出身で、洋画や彫刻にはお詳しいかもしれませんが、この分野は苦手のようですね。日本の骨董は奥が深いのでときに鑑定ミスがあっても当然ですよ!
司会者:するとこの皿は?
青山:まっかなニセモノです。よくできてはいますがニセモノとしてはこんな値段でしょう。
藤田:いや・・・私は本物だと思いますね。それもただの乾山ではなく――真正の“佐野乾山”と見ましたのでこれほどの額は当然だと思います!!
青山:佐野乾山!? フジタ先生墓穴を掘りましたな! よりによって佐野乾山の名前を出すとはおどろいた! その名は骨董の世界ではタブーといっていい! “佐野乾山”と聞いて眉にツバしない専門家はいません!
藤田:何と言われようとそれが私の鑑定です。あなた方にとってはタブーでも私にはどうでもいいことでしてね。
佐野乾山とは人の名前ではありません。琳派で有名な絵師であった尾形光琳の弟で、陶工として有名だった尾形乾山が晩年、栃木県の佐野に滞在した時に作った一連の陶器の名称です。

なぜ佐野乾山が美術界でタブーと言われているかというと...昭和34年頃から業界に流れ出した佐野乾山をコレクターの森川勇氏が買い集めました。森川氏はこのブログでも紹介した名古屋で有名な茶人森川勘一郎氏(如春庵)の息子さんで、親子とも一流の目利きとして知られていました。如春庵は、16歳にして光悦の「時雨」、19歳の時に同じく光悦の「乙御前」を手に入れ、十代で2つの光悦を所有していたというスゴイ人です。そして、勇氏は若い頃より如春庵に手ほどきをうけてその光悦でお茶を嗜んでいたそうです。

その勇氏所有の佐野乾山を陶芸家で有名なバーナード・リーチ氏が新聞紙上で絶賛したところから騒動が始まります。佐野乾山に関しては、専門家である林屋晴三氏 (東京国立博物館)や藤岡了一氏(京都国立博物館)、一緒に見つかった「手控え帳」に関しては、山根有三氏(東大)が本物と鑑定しました。これに大反発したのが、陶芸家、古美術業者などの団体である日本陶磁協会で、機関紙である「陶説」紙上で徹底的に贋作であると主張し続けました。
【佐野乾山:百合の絵茶碗】
schawan1.JPG












その論争は国会の文教委員会でも議論され、文化財保護委員会事務局長が糾弾されることになりました。その結果、国家公務員である真作派のほとんどのメンバーが佐野乾山に関する発言、論文を自粛・沈黙せざるを得ない状況となってしまいました
その後、美術雑誌などでは贋作派だけが元気に意見を出す状況となり、そのうちマスコミの関心も薄れ、結局「黒に近いグレー」という評価だけが残ることになりました。

佐野乾山に関しては、雑誌などでも恣意的な記載が多いのですが、この「ギャラリーフェイク」は事件当時の状況をよく調べてあり比較的公平な書き方をしています。
さて、「ズバズバ!! 家宝鑑定局」の続きですが、次の週に持ちこされた中島、いや(笑)青山新ノ輔と藤田との対決ですが、詳しく書くと興味をそがれると思いますので書きませんが、高田美術館の三田村館長の助っ人で藤田側の勝利となりました。
ただし、一点気になったことがあります。高田館長は、鑑定に出された乾山と佐野の土で作られた陶器を蛍光X線測定器にかけて、その成分分析の結果が一致しているので鑑定品が佐野で作られた乾山であると判断しています。しかし、乾山のメモと言える「手控え帳」によると、佐野付近の渡良瀬川の土で作陶を試みたことが書いてありますが、土が焼き物に合わず結局うまくいかずあきらめたとのことです。ですので、乾山が佐野の土で作陶したのは、試し焼きの数個程度で、残りは京都から土を取り寄せたり、江戸から素焼きの状態で取り寄せて絵付けだけしたようです。

まあ、細かいことはさておき、この「ギャラリーフェイク」ですが、三田村館長をはじめ、藤田のアシスタントのサラちゃんなど登場する女性がとても魅力的です。その女性陣と藤田との関わりもこのコミックの大きな魅力です。

【ここからは佐野乾山に興味のある方だけお読みください】(笑)
さて、この佐野乾山ですが、私は本物だと思っています。
その理由は、まずは森川親子、バーナード・リ―チなどの目利きが真作と判断したことです。真贋鑑定には それなりの資質が必要です。例えば、デジタル時計や1万円以下の安い時計を何万個持っていたとしても、ロレックスやオメガの時計を鑑定することはできないでしょう。同じようにその辺にある骨董屋の親父さんに乾山を鑑定することはできないでしょう。やはり一流の茶道具や乾山に慣れ親しんだ人でなければ鑑定は無理だと思います。
特に乾山の場合は「贋作だね!」と言えば90%以上は当たる世界ですから、その中からホンモノを探し出すには本当の審美眼が必要となります。その点、十代の頃から2つの光悦を所有してお茶を楽しんでいた如春庵と勇氏の鑑定眼は信頼すべきでしょう。
また、乾山の作品には賛を書くことが多いため、乾山を見るには古筆の知識も必要ですが、如春庵は絵巻物の複製などで名高い美術研究家の田中親美に師事して古筆を学んでいたそうですから、まさに佐野乾山の鑑定にはうってつけの人物と言えるでしょう。
【佐野乾山:百合の絵茶碗(同上)】
schawan5.JPG












佐野乾山事件当時、贋作派の主張で多かったのは、①これまでの乾山と絵が違ううつわが悪い というものでした。①に関しては、乾山の作品の絵は光琳やその他の絵師によって描かれたものが多く、最近の研究でも作品に描かれた絵の中で乾山本人の絵は特定できていないそうです。また、②に関しては、主に陶芸家が強く主張していましたが、佐野で乾山が自分で土を捏ねていたわけではなく、江戸から素焼きを取り寄せたり、弟子達にやらせていたことが「手控え帳」に書かれています。
つまり、当時贋作派が主張していたことは的外れであったということです。

こう書くと、陶工と言いながら乾山は何をしていたの? という疑問がわきますが、京都時代は乾山窯のプロデューサー的な役割であったということが言われていますが、作品で見ることができるのは、作品に書かれた賛や署名です。私もこれが真贋の重要な鑑定のポイントになると思います。そして、佐野では京都時代と違って光琳や絵師もいなかったでしょうから(すでに光琳は亡くなっています)、乾山みずから絵を描いていたと思われます。
したがって佐野乾山の真贋の観点は、作品の絵や賛、「乾山」の署名のバランスや芸術性で判断することが必要だと思います。

それでは、なぜ佐野乾山が贋作と主張されたかですが、作家の松本清張氏は「泥の中の佐野乾山」の中で、”森川親子と日本陶磁協会の私闘”である、と書かれています。上記のように超目利きである森川親子は、財力もありますので良いものを見つけると業者を通さずに直接取引を行っており、以前から陶磁協会に属する骨董商からはかなり恨まれていたようです。この佐野乾山に関しても、最初に購入してから後は、自分で佐野に赴き旧家に伝来していた乾山を徹底的に買い回ったようです。その当時、真正の乾山は300点程度と言われていましたが、目利きの森川親子が200点以上の佐野乾山を蒐集した訳ですからそれが市場に流れた場合の影響を考えると陶磁協会としては看過できなかったのでしょう。(希少価値を含めて安定していた乾山価格が下落するリスクが高い)

しかし、芸術性が高いと言われている京都の鳴滝時代の作品に贋作が多いように、佐野乾山と言われるものもすべて真作ではありません。乾山が江戸に帰ってから同じ窯で弟子達が作った陶器もかなりあると思われますし、後世の贋作も多くありますのでその分離が重要となります。
現状は、そのような研究は住友先生など一部を除いてほとんどやられていません。

"Sano Kenzan Scandal ”

【佐野乾山に関しては、K's HomePageを参考にしています。(http://kaysan.net/sano/sanokenzan.htm)】
佐野乾山に興味のある方は、是非ご覧ください。

●乾山に関する記事です。
・琳派 尾形乾山の書を考える その2 乾山の字母について
・琳派 尾形乾山の書を考える その1
・陶工 尾形乾山は本当に素人か? 『「琳派」最速入門』を読む
・乾山ゆかりの地がおしゃれになっていた! (2017年)
・「乾山 見参! 着想のマエストロ」 を読む
・佐野乾山はホンモノだ! 岡本太郎の見た佐野乾山 美術手帖 1962年8月号 を読む
・「佐野乾山事件とバーナード・リーチ」 豊口真衣子著 を読む
・佐野乾山の新聞報道に関して(2015年)
・尾形乾山生誕350周年の展覧会(2013年)を振り返る
・美術品の科学鑑定って? 「X線分光分析」、「やきものの美と用―芸術と技術の狭間で」 加藤 誠軌著 を読む
・佐野乾山に関する名著 佐野乾山の見極め 渡辺達也著 を読む
・佐野乾山は美しい! 骨董のある風景 青柳瑞穂著 青柳 いずみこ 編 を読む
・乾山と言えば色絵陶器です! 「国際写真情報 」 を見る
・佐野乾山の真実! 尾形光琳二代目 乾山 細野耕三著 を読む
・藤田玲司と三田村館長が認めた「佐野乾山」、ギャラリーフェイク 006 「タブーの佐野乾山」 細野不二彦著 を読む
落合先生の佐野乾山関連の情報も
・乾隆帝の秘宝と『奉天古陶磁図経』の研究 落合莞爾著 を読む

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http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2010-04-17-1
"Gallery Fake" ,"SANO KENZAN"

尾形乾山手控集成―下野佐野滞留期記録 (光琳・乾山関係文書集成)光琳・乾山関係文書集成〈上巻〉光琳・乾山関係文書集成〈下巻〉光琳乾山兄弟秘話 (RIBUN BOOKS)



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