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佐野乾山は美しい! 骨董のある風景 青柳瑞穂著 青柳 いずみこ 編 を読む [尾形乾山]

Sano Kenzan works are beautiful!
青柳瑞穂  骨董のある風景 (大人の本棚)この本は、仏文学者、詩人である青柳瑞穂の骨董蒐集に関するエッセイを孫である青柳いずみこさんが編集した本です。

瑞穂は1899年生まれで、趣味の骨董蒐集で有名になります。特に、尾形光琳の唯一の肖像画である「中村内蔵助像」や乾山の色絵角皿3枚を街の骨董屋から発掘して真作と認められています。瑞穂は、阿佐ヶ谷に住み、気に入った骨董が手に入ると「阿佐ヶ谷会」(中央線沿線の文士の会)のメンバーである亀井勝一郎や井伏鱒二、太宰治などに見せて自慢していたようです。

しかし、昭和初期の頃の文士がそれほど裕福だった訳はありません。瑞穂も自分の金ではなく、奥さんのお兄さんが骨董好きだったことを良いことに、お金を出してもらっていたようです。(ある意味ひどい話ですよね? 笑)

korin.JPGさて、有名な光琳の肖像画の話を紹介します。昭和12年10月、瑞穂の住んでいた阿佐ヶ谷から歩いて30分の青梅街道沿いの古物商で光琳画に出会ったそうです。
佐藤君の店には先客があって、落款を切るか切らぬとかの押問答を交わしていたが、私の知ったことじゃない。(中略)
すると、彼もあまり心証を害された風もなく、その代わり、かけものらしい幅をわたしに渡した。わたしは一端を彼に持ってもらい、一端をとって、すらすらとひらいていった。めくりのままである。(表装のしていない幅、ある意味では、最もみじめな状態)しかし、くりひろげてゆくうちに、賛が出てきた。(賛のあるものには偽物は少ない。)それから、一人の人物が現れた。上畳のうえにきちんと座っている。緑青、胡粉など、色あせているけれど、美しい諧調- 賛などよむ気にはなれず、ただわたしは見惚れていた。(中略)その右隅に落款が見える。落款は「法橋光琳」とある。とっさにわたしは思った。はは、これだな、さっきの切る切らぬは・・・。

TVの「何でも鑑定団」をご覧の方はよくご存じだと思いますが、掛け軸の9割以上はニセモノ、光琳や雪舟など本物が有るはずもないので、そのような有名人の落款が入っていると「ニセモノ」で5千円くらいですが、落款を取ってしまえば、「ニセモノ」ではなくて誰の絵か分からないけど江戸時代の古い絵となるので、10万円くらいに値が上がる可能性があるのです。それにしても、この時、落款を切られなくて本当に良かったと思います。
何せ、今知られている光琳の描いた肖像画はこれだけなのですから、落款がなければ「光琳に肖像画はありません!」と言われてニセモノにされていた可能性が高いと思います。ちなみにこの時に瑞穂は、7円50銭で買ったそうです。今の価値でいうと5万円くらいでしょうか? この絵は、その後、重要文化財に指定されました。

kikyou.JPGそしてその後、瑞穂は京都の三年坂と二年坂の骨董屋で乾山の色絵角皿を3枚手に入れることになります。この時も瑞穂は、乾山に関して、それほど知識があった訳ではないようです。そして、その当時の陶磁界においても尾形乾山に関してほとんど研究が進んでいなかったようです。
乾山といえば、私にかぎらず、おそらく誰でもが思い出すのは、あの東京博物館蔵の「黄山谷」と大倉集古館蔵の「寿老人」の二枚の皿であろう。万人が乾山の真作として認めるのは、今日ではともかく、私が三年坂で桔梗の絵皿を買ったあの頃では、この二つの作品よりほかなかったのである。

そして、瑞穂が道具屋で購入した桔梗の角皿をはじめとする3枚は、すんなりと真正乾山に認定さたようです。これは、その後の佐野乾山事件を考えると少し奇異な感じがします。前述のように、当時は乾山の研究はあまり進んでいませんでした。それにも関わらず、どうして佐野乾山だけは徹底的に批判されたのでしょうね。

そして、いよいよ佐野乾山に関する記載です。驚いたことに、瑞穂は有名な佐野乾山コレクターである森川勇氏よりも1,2年早い時期に同じハタ師の斉藤氏から佐野乾山を入手していました。
shanaire.JPGもう七、八年にもなるであろうか、佐野乾山というものが、一時にたくさん出てきた時、その真偽を争って、骨董商もふくめて世の中が大さわぎしたことがある。ぼくは、幸か不幸か、この佐野乾山にはいち早くお目にかかり、(おそらく、バーナード・リーチ氏以前と思うが)一目見て惚れ、知合いの道具屋の持って来るのを次々に買い求め、いよいよ好きになり、いかに数が増してもあきるということがなかった。さいわい、価も安かったので、ことごとく買うこともできるくらいだった。

ここで書いているバーナード・リーチ氏は森川氏の佐野乾山を見て「間違いなく本物!」と発言しました。このことが佐野乾山事件を有名にしました。これを読むと、瑞穂もかなりの数の佐野乾山を手に入れていたことが分かります。しかし、そのお気に入りの佐野乾山は、あるコレクターにケチを付けられることになります。
美しくもあるし、安くはあるし、ぼくはこんな幸運にめぐまれたのも、こんなものが好きだったからこそとばかり、骨董者のよろこびをひそかに楽しんでいたところ、ある夜、畏友の久志卓真氏がみえたので、いささか得意の気持ちで、同氏に披露した。久志卓真氏はぼくのように乾山好きで、ぼくも彼も鳴滝の乾山を信じ、彼もまたぼくの鳴滝の乾山を信じているような仲だったのである。
その彼がこれはいけないと言ったのである。ぼくはぞっとした。彼が言うには、この種の佐野乾山は町の骨董屋にたくさん出ているとのことである。ぼくはほとんど道具屋めぐりをしないので世間のことは知らず、こんなもの、ぼくだけが持っているつもりでいたのに、それが町にも出ているときけば、ぼくとしてもぞっとせざるを得ないのである。正直なはなし、久志氏の鑑定よりは、ぼくには町に出ていることの方がこたえた。
これにはいささか厭気がさし、全部茶箱に詰めて封印し、もうこれを忘れることにした。支払った金銭よりは、これがいけないことの方がつらかった。

この久志卓真氏というのは、もともとバイオリニストで作曲家だったそうですが、戦前、戦後を通し、陶磁器のコレクターとして知られた人で、中国陶磁器に詳しいようです。私も昭和47年に出版された久志氏の「乾山」を読んでみましたが、そこに掲載されている乾山作品のほとんどは現在では乾山の「真作」として通るものがないと思われます。そのような人が、七世乾山を継承したバーナード・リーチ氏に対して「乾山が分かっていない」というような記載をしています。このような人たちが佐野乾山をニセモノにしたんだと思うと悲しくなります。
どういうわけか、全国の道具商がこぞってこれを締出したために、佐野乾山は商品としては、ほとんど認められない運命になった。これはぼくとして、尾形乾山のためにはいかにも惜しい、残念なことだと思うが、これが偽物にされたことは、ぼくなど骨董者にはもっけのさいわいであった。なぜなら、もしこれが本物にされたら、ぼくの如き貧書生にはとうてい出が出ないからである。おそらく、数十万、いや、数百万もする乾山の槍梅の茶碗などにも劣らぬ、いや、それ以上と思われるものが、ぼくなどにもやすやすと手に入るのである。こんな仕合せがあろうか。

佐野乾山コレクターである住友慎一先生も同様なことを発言されていましたが、この気持ちは分かります。確かに、佐野乾山が本物として認められてしまうと、これまで安価で購入できたものが、一気に数百万円以上の高額になってしまうことは確実です。
佐野乾山が偽物とされたことは、乾山を愛好するぼくは惜しむ、と、いまさっき言ったばかりだが、真に乾山を理解し、愛好する者には、佐野乾山の美しさが分かるはずだと思われるので、こういう人たちの手に乾山がやすやすと入るのも、ひとえに乾山の徳ではないかと、ぼくとしてはかえってそれをたたえたい。つまり、ぼくにとっては、佐野乾山は偽物であっても、それが美しいかぎり、価値があるのである。美しかったら偽物であってもいいのである。そして、これが偽物の名を持つがゆえに、ぼくの如き骨董者の手にも入るのである。ありがたいことだ。

この意見も同感です。コレクターとしては、たとえ本物であったとしても美しくない乾山は買いたくないでしょう。鑑定団の中島誠之助氏が、何かの本で瑞穂に関して「光琳の絵を発見したことで欲が出てきたため、その後は目が曇った」という主旨のことを書いていましたが、私は同意できません。中島先生は瑞穂の書いた文章を読んだことあるのでしょうか?ここに書かれているように、コレクターとしての瑞穂の基準は、「美しい」か「美しくない」かだけです。佐野乾山に関しても乾山で儲けようとして買ったわけではなく、それが「美しいから」買っただけなのだと思います。

そして、瑞穂が佐野乾山が問題となった根本的な理由を書いています。
専門家といっても、しかし、これは陶器の専門家のことだろうか、それとも、絵画の専門家のことだろうか。絵画の専門家は、すでに乾山の絵画作品の幾点かを文化財にしてしている。そうなれば、陶器の専門家が怠慢だということになる。(中略)
陶器の専門家というものは、土質や焼成に重点をおく。一口にいえば、絵は分からなくても、陶器の専門家になり得るのである。ところで、乾山はあくまで絵で、土質や焼成は従である。その点で、むしろ絵画の専門家こそ、乾山を鑑定すべきだろうが、彼等は、陶器とくれば、すぐに土質や焼成を考えて、この点にコンプレックスを感じて、乾山陶を敬遠する傾向がある。後年、佐野乾山問題であんな混乱が起こったのも、要するに、陶器専門家に、そもそもの乾山というものの本質が十分理解されていなかったためだと、私はみている。

佐野乾山事件が起きた時、日本陶磁協会は陶芸家の意見を全面に出して贋作説を主張しました。「器の形が悪い」、「乾山の成形ではない」などなど。もともと乾山の器は、弟子などの工人が成形したと言われていますので、それをもって贋作と言っても何の説得力もないのですが、50年前はそのようなことも議論されていませんでした。乾山の芸術を理解できるのは、陶器の専門家ではなく絵画の専門家であるという瑞穂の主張は、とても説得力があります。
バーナード・リーチ氏は、陶工であり親友である富本憲吉や浜田庄司に関して、「富本は絵もわからないしなにもいわない。いえないのだ。悲しい。」と発言していたようです。

昭和の良き時代の骨董事情を知るにはとても良い本です。

乾山に関しては、こちらもご覧下さい。
・乾山と言えば色絵陶器です! 「国際写真情報 」 を見る
・佐野乾山の真実! 尾形光琳二代目 乾山 細野耕三著 を読む
・藤田玲司と三田村館長が認めた「佐野乾山」、ギャラリーフェイク 006 「タブーの佐野乾山」 細野不二彦著 を読む
・「開運! 何でも鑑定団」の鑑定士の本「ニセモノ師たち」 中島誠之助著 を読む
落合先生の佐野乾山関連の情報も
・乾隆帝の秘宝と『奉天古陶磁図経』の研究 落合莞爾著 を読む

【佐野乾山に関しては、K's HomePageを参考にしています。(http://kaysan.net/sano/sanokenzan.htm)】

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