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出産も腸内細菌が重要! 「あなたの体は9割が細菌」 アランナ・コリン著 を読む その2 [健康]

あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめたあなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた← Kindle版です。



前回に引き続き、腸内細菌の話です。

今回は出産に関するお話です。
私は以前から、どうして神様は赤ん坊が出てくる産道を肛門のすぐ近くに配置したのか不思議に思っていました。出産の時に、妊婦はウンチが出てしまうことも聞いていたのでなおさらそのように感じていました。ところが、それは神様の計画通りで、すべて赤ちゃんのためだったというのです。
つまり人類が繁栄して生き延びるために都合のよかった形で進化して現在にいたっているということです。

著者は女性なので、出産に関して男性だと書きにくいこともかなり直接的に書いています。

・赤ん坊は子宮内部の羊水内では微生物から守られているが、破水と同時に微生物の入植が始まる
⇒ 産道を通る時に微生物のシャワーを浴びる。産道から顔を出す時、出産時の排便による微生物を受けとる。赤ん坊は母親のお尻の側に顔を向けて頭から出てくる。 肛門が産道のそばにあるのはこのためである。


また、新生児の腸内細菌は、母親の膣内の細菌の菌種に近いそうです。
女性の膣の内部には乳酸菌がいてバイ菌から膣を守っているという話を聞きますが、この本によると、これは膣を守っているのではなくて生まれてくる子供の腸内細菌のために存在しているということです。なるほど、という感じです。

ところが、最近は産道を通った通常出産ではなくて帝王切開が増加しているそうです。現在、ブラジル、中国では半数近くが帝王切開で出産しているとのことです。
著者は、帝王切開での出産することによって、

・感染症になりやすい。
・アレルギーを発症しやすい。
・自閉症になりやすい。


というような問題が生じている可能性を指摘しています。
帝王切開での出産の場合の赤ん坊の腸内の細菌を調査すると母親の膣由来の微生物コロニ―が形成されないそうです。これは出産の時に、赤ん坊が母親の膣内の乳酸菌や肛門付近にいる腸内細菌に触れる前に 父や母、医療スタッフの皮膚に存在する常在菌に触れる事になるため、その細菌が基礎となって赤ん坊の腸内細菌が形成されることになるからだと書いています。

これに対する一つの解決策として、母親の膣内にガーゼを入れておいて、帝王切開で出産した赤ん坊にそのガーゼを取り出してで赤ん坊の口や体を拭いてやることで、母親の細菌を植え付けるする方法が書かれています。

次に抗生物質に関する話です。
1940年米国でニワトリに抗生物質を与えると成長が50%促進されることを発見されて以来 ウシ、ブタ、ヒツジ、七面鳥のエサに抗生物質を与えられています。そして、その抗生物質が人間の肥満の原因になっている可能性があるというのです。家畜を太らせる薬ですから、それを食べた人間が太るということは十分に考えられますね。

また、現在の医療では、必要以上に抗生物質が処方されているため、MRSAのような耐性菌に感染するリスクが増えていることを指摘します。また、問題なのは抗生物質の投与によって有害な菌を除菌するとともに腸内の細菌も一緒に除菌してしまうことです。

私も最近、社内の健康診断の面談でピロリ菌の除菌を勧められましたが、Webで調べると抗生物質を大量投与するとのことです。せっかく調子の良い腸の状態をそんな事で壊したくないので断わりました。会社の産業医は、がんの専門家でもないのに気軽にピロリ菌の除菌を提案するというのはどうなのでしょうね。(ピロリ菌は50歳を過ぎたら常在菌だという説もあります。)

また、有機栽培で家畜の糞を利用する場合、家畜に使われた抗生物質が糞の中に含まれていて、それが野菜に吸収されることになるそうです。有機栽培だからイコール「健康的だ」というのは成り立たないようですね。

とても興味深い本です。多くの人に読んで欲しいです。
前回の「その1」も合わせて読んで頂けると幸いです。

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あなたは腸内細菌が原因で太っている! 「あなたの体は9割が細菌」 アランナ・コリン著 を読む その1 [健康]

あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめたあなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた← Kindle版です。

何ともショッキングなタイトルだと思います。
この本は2016年8月の発売ですぐに購入したのですが、理解が難しくて紹介するのが遅れました。

このタイトルの意味するところは、人間の体の構成は、サイズや重量が大きいのは人間の細胞ですが、その数は共生微生物の細胞の方が10倍多いということです。さらに細胞の遺伝子の数で比べると「あなたのヒトの部分は0.5%でしかない」とのことです。

その共生微生物の中でも腸内細菌が非常に重要で、これについては最近TVなどでも「腸内フローラ」という言葉がよく聞かれるようになっていますね。
私たちの腸内には1.5Kgもの細菌が住んでいて、その寿命は数日~数週間とのことです。毎日私たちが排出する便の中身はほとんど(75%)が腸内細菌だそうです。残りが食物の残骸などだそうです。

腸内細菌の主な働きは、

・必須ビタミンを合成する。
・体内では分解できない頑丈な植物繊維を分解する。

などで、これらの働きは私たちの肉体の進化を待っていては、何万年かかるか分からない作業を腸内細菌にやらせているのです。これは、例えば言えば、会社の中に技術がないことをやろうとした場合、その作業を外部の業者にアウトソーシングすることと同じです。社内(体内)に出来る技術やリソースがなければ、外部から持ってきて社内(腸内)で作業をさせるというわけです。

そして、その腸内細菌ですが、当然私たちが食べるものを食べているわけですので細菌の組成比は人によって違うことになります。そして、みなさん一番関心があるであろうダイエットに関して言うと、体を太らせたり、やせさせたりするのも腸内細菌の影響が大きいとのことです。つまり、 同じものを食べても自分の体内に住んでいる腸内細菌によって作りだす栄養やエネルギー量が異なるため、太ったり痩せたりするとのことです。

・太った人:フィルミクテス門の細菌が多い
・痩せた人:バクテロイデーテス門の細菌が多い

パンダのようにもともと肉食動物だった動物も腸内細菌によって竹だけを食べていてもセルロースを分解してタンパク質が合成されるようになるそうです。それを考えると腸内細菌に言及しないで「栄養が偏っている」とか「タンパク質が不足している」というような話は意味が無いように思えますね。

しかも、フィルミクテス門の腸内細菌が多い人は、太りやすい物を食べるように人間を動かしている可能性も示唆しています。甘いケーキを食べることを我慢している時に、衝動的に食べたくなるのは腸内細菌のせいかも知れません。(笑)
細菌が人間をコントロールする訳ないだろ! という声が聞こえてきそうですが、狂犬病の菌は感染した犬を他の動物に噛みつかせる事で他の宿主に菌が移動して繁殖するように犬を動かしているそうです。また、コレラに感染して強烈な下痢になるのは、死にそうな宿主から脱出して他の宿主に感染するためのコレラ菌の制御だそうです。

ですので、甘いものが好きな「デブ菌(フィルミクテス門の細菌)」が私たちケーキを食べさせて自分たちも食べているということなんでしょうね。(^^)

まだまだ紹介したい内容がたくさんありますが、長くなるので次に書きます。

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「吉薗周蔵手記」が暴く日本の極秘事項」 落合莞爾著 を読む [落合莞爾]


「吉薗周蔵手記」が暴く日本の極秘事項 解読! 陸軍特務が遺した超一級史料 (落合・吉薗秘史I)
この本は、落合先生の最新刊で2017年5月1日発売です。
2017年5月20日現在、Amazonの「明治・大正時代」カテゴリーでベストセラー1位になっています。

私はこの本を20年来待ち続けていました。というのは、以前紹介した落合先生の『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』(以後「佐伯本」と記す)(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2017-04-15)のあとがきに、
吉薗周蔵手記については、雑誌『ニューリーダー』に今後とも連載を続ける予定ですし、連載内容に大幅に加筆した単行本(仮題『陸軍特務吉薗周蔵の手記』)の刊行も予定しております。
と書かれてあったからです。その後、ニューリーダを購読するようになりましたが、早く単行本を読みたいと待ち続けていました。その夢がようやく叶いました。

この吉薗周蔵氏は、大正元年18歳の時に当時の陸軍中将(最終的には、元帥陸軍大将となる)上原勇作の特務となります。諜報というと陸軍中野学校を連想しますが、中野学校の創設は昭和12年ですので、それよりも25年以上前の話になります。また、周蔵氏は陸軍に所属していた訳ではなく、民間人として上原勇作付き特務となって上原勇作からの指示で動いていました。

上原勇作は、一般には陸軍大臣の時の「二個師団増師」問題で大正政変につながった事ぐらいしか知られていませんが、陸軍大臣、参謀総長、教育総監の陸軍三長官と言われている重職をすべて経験している実力者です。これは、上原勇作の他には杉山元しかいません。周蔵手記によって、大正から昭和の時代、この上原勇作が陸軍を裏から動かしていたことが分かりました。

その吉薗周蔵氏ですが、明治27年に宮崎県西諸縣群小林村に生まれます。周蔵の父林次郎は、公家の名家正三位である堤哲長(つつみあきなが)とギンヅルの間に生まれた子ですので周蔵氏はその公家の血を引いています。

正三位(しょうさんみ)と言われても、みなさんピンと来ないと思います。私も良く知りせんでした。調べてみると律令制における官位だそうです。明治以前は、御所への昇殿が認められる条件として五位以上というものがあったようです。昇殿を許された者は「殿上人」、許されない人は「地下(ぢげ)」と呼ばれました。
ウィキペディアによると、
従三位が中納言や近衛大将、大宰帥などと官位相当であるのに対し、正三位は大納言相当とされた。勲等との対比では勲一等に比する。
と書かれており、かなりの高位の官位であることが分かります。

前著「佐伯本」で落合先生は、堤哲長は正三位の名家とは言え、当時は生計の糧もなく貧乏公家であったのだろうと考えていました。ところが、その後の先生の調査で、堤哲長は先帝である孝明天皇の実質侍従長であり、維新時の堀川政略に重要な役割を果たしていた事が分かりました。そして、明治維新後は新政府のNo.2であった岩倉具視と実質対等な地位を得たと考えています。

落合先生は、周蔵手記を元に陸軍の薩摩閥の軍人を調べていくうちに、上原勇作が単に日本のために活動しているのではない事を感じます。そして、その中で陸軍薩摩閥の中で、
吉井友実高島鞆之助上原勇作
のラインがあることを見つけます。
地政学的海洋勢力の中核たる「在英ワンワールド」の日本支部となった薩摩下士連合(薩摩ワンワールド)の歴代総長が右の三人であったことを確信したのである。
また、上原勇作が玄洋社を部下として使っていることに気付いて調査します。
「さる筋」からのコメントは、
玄洋社とは、広く云えば、薩摩の一部と土佐・会津・紀州を含めたものです。
堀川辰吉郎の護衛は、玄洋社と大本教でした。
周蔵さんは、上原の草というより、辰吉郎の草だったのです。
これによって上原勇作の主筋は堀川御所の京都皇統の堀川辰吉郎であることが分かりました。

さらにもう一つ驚きなのが、周蔵氏の祖母であるギンヅルが、影の実力者であった事です。
これまでは、陸軍中将という地位にあった上原勇作の縁戚であったので、頼みこんで周蔵氏を上原の草にすることができたと考えていましたが、実際には祖母のギンヅルが、薩摩ワンワールドの力を使って親戚である上原勇作を陸軍の中で出世させて薩摩ワンワールドの総長に育てたということです。つまり、周蔵氏を草にしたのもギンヅルの意向であったということです。

ギンヅルは15歳の時から薩摩藩京屋敷に奉公していて後に明治政府の高官となる若い薩摩藩士の世話をして育て、その後も関係を保っていたということです。
具体的な名前は、野津鎮雄(陸軍中将)、野津道貫(元帥・侯爵)、高島鞆之助(陸軍中将・陸軍大臣・子爵)、大山巌(元帥・陸軍大臣・侯爵)、川上操六(陸軍大将・子爵)、西郷従道(参議・陸軍中将・海軍大将・侯爵)、山本権兵衛(海軍大将・首相・伯爵)などの面々です。

この本は、まだまだ周蔵手記のさわりの部分です。これからの続刊が待たれますね。
みなさんもぜひご一読を!

【落合先生の本に関してはこちらもどうぞ】
・落合秘史はここから始まった! 『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』 落合莞爾著 を読む
・「天皇とワンワールド」 京都皇統の解禁秘史 落合莞爾著 を読む
・「欧州王家となった南朝皇統」 落合莞爾著 を読む
・現皇室は南朝の末裔だ「南北朝こそ日本の機密」 落合莞爾著 を読む
・「日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義」 - 版籍奉還から満鮮経略への道 落合莞爾著 を読む
・「明治天皇“すり替え”説の真相: 近代史最大の謎にして、最大の禁忌」 落合莞爾、斎藤充功著を読む
・孝明天皇、大室天皇の真実! 明治維新の極秘計画 ――落合秘史Ⅰ 落合莞爾著 を読む
・ユダヤとは何か? 落合先生の最新刊、 金融ワンワールド 落合莞爾著を読む
・甘粕正彦もユダヤ? 上原勇作の特務、吉薗周蔵の手記にみるユダヤ 落合莞爾著
・「と学会」の本としてどうなの? トンデモ ニセ天皇の世界 と学会 原田実著
・乾隆帝の秘宝と『奉天古陶磁図経』の研究 落合莞爾著 を読む
・マスコミの報道は疑ってかかれ! 「ドキュメント真贋」 落合莞爾著 を読む

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落合秘史はここから始まった! 『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』 落合莞爾著 を読む [落合莞爾]

天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実
落合先生の代表作の紹介です。
本来であれば落合先生の本としてまっ先に紹介すべき本でしたが、諸般の事情で遅れてしまいました。

この本は、1997年に発刊ですので、もう20年前になります。落合先生が、佐伯祐三のパトロンであった吉薗周蔵氏の遺児である明子氏の代理人となったことで、佐伯祐三の真贋事件に関わることになる経緯と顛末を書いたものです。

佐伯祐三真贋事件とは、吉薗周蔵氏が残した佐伯祐三の未公開作品を周蔵氏の遺児である明子氏が、1994年に福井県の武生市(現在の越前市)に寄贈することになった事から話が始まります。この佐伯作品は、当時美術界のドンと言われていた河北倫明氏が座長となって選定委員会を設置して調査した結果、佐伯祐三の真作であるとのお墨付きを与えました。この時の委員のメンバーが凄いです。
座長:河北倫明(美術館連絡協議会理事長)
富山秀男(京都国立近代美術館館長)
陰里鉄郎(横浜市立美術館長)
西川新次(慶応大学名誉教授)
三輪英夫(東京国立文化財研究所美術部第二研究所長)
という、美術館の館長クラスのメンバーが揃っていました。
これに対して佐伯絵画の鑑定を行っている東京美術倶楽部という業者の団体が猛烈な反論を行ったことで真贋事件に発展し、結局武生市への寄贈話が頓挫することになります。ちなみに、東京美術倶楽部には鑑定師の中島誠之助氏も加盟していたそうです。古美術商の中では東京美術倶楽部に入る事がステータスになっているそうです。

この真贋事件は、真作派の「専門家」と贋作派の「業者」との対立という構図です。
このブログで何度も紹介している「佐野乾山事件」も同様に「専門家」VS「業者」という構図でした。私は、佐野乾山事件を調べていて、東京国立博物館や京都国立博物館の技官や東大の教授など美術界の中心にいる人たちが真作派だったのに、なぜ黒(グレー)にさせられてしまったのか不思議に思っていましたが、佐伯祐三の真贋事件はさらにスケールがワンランク上です。

何せ、真作派はすべて美術館の館長クラスの権威ある人たちであり、それを取りまとめていたのが河北倫明という美術行政のトップであり、美術界のドンだった人です。しかも、河北氏は対立する東京美術倶楽部の顧問でもあるという捻じれ構造も内在していました。これだけ凄い役者がそろっていても真作派が負けて贋作にされてしまうのですから、金銭が絡んだ時の業界勢力の力というのは恐ろしいものだと思います。

例えば、佐野乾山事件の時には乾山の真作が300点くらいと言われていた時に、一度に200点以上の佐野乾山が発見されました。もしこれらの作品が真作と認められた場合、これまで希少性も含めて形成されていた乾山作品の市場価格(価値)が暴落するのは自明の事です。
同様な事情が佐伯祐三作品にもありました。佐伯作品は日本人の洋画としては非常に高価で、1点でも数千万円から億の価格が付くものもありますが、この時発見された大量の吉薗佐伯が真作と認められた場合、これまで美術館や個人に売却されていた作品の価格が暴落することになります。

さらに佐伯作品の場合、妻である米子の加筆疑惑があったためさらに事情が複雑です。佐伯祐三の妻である米子も画家でした。第二次渡仏の時に佐伯祐三が客死した後、日本に帰国した米子は佐伯の遺作や佐伯の友人の絵に自ら加筆して「佐伯作品」として売って生活費を稼いでいたと言われています。この米子加筆に関しては、関係した業者の間ではかなり有名な話だと聞いています。

1991年に「パリを描いた画家たち展」という展覧会が開催されました。これは、昭和2年にパリに居た佐伯祐三を慕って横手貞美、大橋了介、荻須高徳、山口長男の4人が渡仏して佐伯と一緒に絵を描いていましたが、その時の作品を集めた展覧会です。
私はこの展覧会の図録を見て驚きました。モランの寺やパリの街角など佐伯作品の重要なモチーフに関して、その4人の後輩たちも佐伯と見紛うような絵を描いていたのです。私には、その絵のいくつかは佐伯作品だと言われても見分けがつかないように思いました...。

restaurant1.JPG吉薗周蔵氏が残した佐伯作品は、これまで知られている佐伯作品とは雰囲気が異なるものでした。この吉薗佐伯作品に対する真作派のコメントを紹介します。
河北倫明座長:一目見て佐伯祐三の本当の姿が響いてきた。美術的価値はこれまでのものと匹敵し、今までのものに見られない荒削りで習作的なおもしろさがある。デッサンや手記に関しては、走り書きもあり、バラバラにせず総合的な調査をしたい。山発コレクションと比較すると、山発はいいものを抜いていったもので、今回の作品は山発コレクションの素材が残ったものといえ、(佐伯作品の)背景や土台を見るには面白い。

富山秀男:出所からしても佐伯作品と思う。これまでの作品との関連性も強く感じる。佐伯に対する既成概念より幅が広がったと考えている。今までの作品はよそゆきで今回出てきたのはふだん着の作品。研究し直す必要がでてきた。

陰里鉄郎:これまでの佐伯像よりビビッドなものを感じる。

このビビッドな佐伯作品を所有していた人こそ、落合先生が20年以上に渡って研究してきた吉薗周蔵氏です。遺児の明子氏から調査を依頼された落合先生が、持ち前の洞察力と豊富な知識を駆使して明子氏も知らなかった周蔵氏の実像を明らかにしていく過程は、この本の白眉と言えます。

russia1.JPG落合先生の調査によって、吉薗周蔵氏は公家の名家で正三位の堤哲長の孫であることが分かりました。周蔵氏は大正元年、18歳の時に縁戚であった上原勇作陸軍中将の特務(いわゆるスパイ)となります。そして、上原の指示で軍のためにケシの栽培を行って、純粋アヘンの製造を行いました。これによって、周蔵氏はかなりの収入を得ることになります。
そして、大正6年23歳の時に上原勇作から佐伯祐三の援助を行うように依頼されます。それ以来、周蔵氏は佐伯のパトロンとなり、金銭的な援助を行いました。

しかし、上原勇作の特務という裏の仕事であったため、それを裏付ける証拠が出るはずもなく、「佐伯と周蔵氏の接点がない」、「周蔵氏に佐伯を援助できるほどの収入があったとは思えない」、「佐伯は実家が裕福だったので周蔵氏からの援助など必要なかった」などの理由で周蔵氏と佐伯祐三との関係も否定されました。
これに関しては、(「と学会」の本としてどうなの? トンデモ ニセ天皇の世界 と学会 原田実著」:http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2013-08-25)にも詳しく書いていますので、興味がある方はご覧下さい。

事件が起きた時期もよくありませんでした。小泉首相の北朝鮮訪問前ですので、北朝鮮による日本人の拉致問題は、第二党であった社会党の党首でさえ「そのような事はありえない」というようなコメントを出していた時代です。この頃は、北朝鮮の工作員などの話をすると、「映画の見すぎじゃない?」などと馬鹿にされたものです。バブル崩壊直後で日本人が平和ボケしていた時代ですから、「上原勇作の特務」と言っても誰も信じない時代でした。
ちなみに、日露戦争時にレーニンに多額の資金援助行ってロシアの後方撹乱を行った陸軍の明石元二郎も上原勇作の配下でした。その関係で、周蔵氏が任務で渡欧した時は明石の残した諜報網を利用したと言われています。

この本は、一部が佐伯祐三の真贋事件の経緯と顛末が書かれており、ニ部には吉薗周蔵に関連した薩摩治郎八や奉天古陶磁に関して書かれています。ニ部の内容も非常に貴重な情報が満載で、佐伯に興味が無い方でも楽しめると思います。

落合先生は、この真贋事件の後も吉薗周蔵氏の残した吉薗手記の調査、解析を継続して行い、現在の「落合秘史」につながっています。

ぜひみなさんに読んで欲しいと思います。
(ただし、絶版なので中古品でも5,000円以上しますが...)

【落合先生の本に関してはこちらもどうぞ】
・「吉薗周蔵手記」が暴く日本の極秘事項」 落合莞爾著 を読む
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天孫皇統になりすましたユダヤ十支族 「天皇渡来人説」を全面否定する 落合莞爾著 その2 [落合莞爾]

	天孫皇統になりすましたユダヤ十支族  「天皇渡来人説」を全面否定する

落合先生の秘史シリーズです。
この本は、発売直後にAmazonの古代日本史分野でベストセラー1位になっていました。(2017年3月現在は、古代日本史分野:4位、天皇制分野:2位です) やはり、天皇家とユダヤ人との関係、日ユ同祖論についてはみなさん関心が高いようですね。


この本で「欠史八代」の実在を説く落合先生ですが、その先生にしても2年ほど前まではこの古代史の通説を鵜呑みにしていたそうです。
その後の「天皇とワンワールド」の執筆の際に調査、洞察して初めて「欠史八代」の実在を実感したそうです。
「欠史八代」が実在しなかったなら、崇神以前の日本には確固たる王朝が存在しなかったことになりますから、これに乗じて「帰化人」とは日本に王朝が存在したことを前提とした不適切な用語だから使用をやめて、代わりに「渡来人」を用いろ、と主張する不逞の輩が現れました。それも反日韓人だけでなく、日本人にもいたのです。 京都大学教授上田正昭氏こそその人で、上田説に煽られて広がったのが、「朝鮮半島の進んだ文化を携えて日本列島に渡来してやった」とする「半島優越史観」です。

物部氏(ユダヤ十支族)が天孫族に背乗りしたと書くと、いかにも物部氏がこっそりやったような印象を持ちますが、これは天皇家も公認していたとのことです。それは、物部氏が天皇家に多大な貢献をしてきたことに対する見返りだとのことです。落合先生は、以下のように物部氏の貢献を挙げています。
①家祖ニギハヤヒが縁戚ナガスネ彦を裏切り神武天皇(縄文族)の東征に協力した。
②物部神道(オリエント多神教)で朝廷祭儀を司り日本神道の骨格形成を行った。
③イカガシコヲが孝元の宮廷ユダヤ人となり任那天孫の育成と崇神王朝の実現に寄与した。
④尾張オキツヨソの妹世襲足媛が5代考昭の皇后となり、アマタラシ彦と孝安をもうけた。
⑤尾張宮簀媛がヤマトタケルの妃となり応神の招来に重要な役割を果たした。
⑥尾張目子媛が継体の皇后となって安閑、宣化を生み、継体王朝の実現に尽力したこと。
(上の尾張氏は、物部氏の分流です。)
ただし、尾張氏はカバネが連(むらじ)です。本来、天孫のニニギの兄であるホアカリの直系子孫の尾張氏はカバネが臣(おみ)あるはずですが、疑似天孫であることが後で分かるように手がかりを残しているようです。

【秦氏】(はたし)
飛鳥昭雄氏は、秦氏こそ古代イスラエルの十支族で天皇家のルーツであるとしています。落合先生も秦氏に関しては、飛鳥氏と同様に考えていたようですが、この本でそれを否定しています。
・秦氏=呂氏(りょし)秦君が率いる呂氏一族+北方騎馬民族系ソグド人
・当然、秦氏の中にも十支族ユダヤが潜入していたことはありうる。

【先代旧事本紀】(せんだいくじほんぎ)
この書に関しては、みなさんご存じないと思います。私もよく知りませんでした。
天地開闢から推古天皇までの歴史が記述されていて、序文に聖徳太子が蘇我馬子に編纂させたと書かれていたため、平安中期から江戸中期までは古事記や日本書紀よりも尊重されていたそうです。しかし、江戸時代に偽書であるという説が主張され、現在もそのようにみなされています。
しかし、900年以前に成立したと考えられるため、この書にしかない物部氏の伝承など資料的価値があると評価されています。
このブログでも紹介したベリー西村氏の 「陰謀 天皇奠都と日本純血統人の使命」には、
日本書紀:ユダヤ十支族系
古事記:ペルシャ系
先代旧事本紀:物部系
が編纂したと書かれています。興味深いですね。

先代旧事本紀

← この本は、私もKindleで購入しました。先代旧事本紀の解説書かと思ったのですが、原文でした。(笑)
興味ある方はぜひ。

とにかく落合先生の本は、ぜひみなさんに読んで欲しいと思います。



【落合先生の本に関してはこちらもどうぞ】
・「吉薗周蔵手記」が暴く日本の極秘事項」 落合莞爾著 を読む
・落合秘史はここから始まった! 『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』 落合莞爾著 を読む
・「天皇とワンワールド」 京都皇統の解禁秘史 落合莞爾著 を読む
・「欧州王家となった南朝皇統」 落合莞爾著 を読む
・現皇室は南朝の末裔だ「南北朝こそ日本の機密」 落合莞爾著 を読む
・「日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義」 - 版籍奉還から満鮮経略への道 落合莞爾著 を読む
・「明治天皇“すり替え”説の真相: 近代史最大の謎にして、最大の禁忌」 落合莞爾、斎藤充功著を読む
・孝明天皇、大室天皇の真実! 明治維新の極秘計画 ――落合秘史Ⅰ 落合莞爾著 を読む
・ユダヤとは何か? 落合先生の最新刊、 金融ワンワールド 落合莞爾著を読む
・甘粕正彦もユダヤ? 上原勇作の特務、吉薗周蔵の手記にみるユダヤ 落合莞爾著
・「と学会」の本としてどうなの? トンデモ ニセ天皇の世界 と学会 原田実著
・乾隆帝の秘宝と『奉天古陶磁図経』の研究 落合莞爾著 を読む
・マスコミの報道は疑ってかかれ! 「ドキュメント真贋」 落合莞爾著 を読む
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天孫皇統になりすましたユダヤ十支族 「天皇渡来人説」を全面否定する 落合莞爾著 その1 [落合莞爾]

天孫皇統になりすましたユダヤ十支族  「天皇渡来人説」を全面否定する
落合先生の秘史シリーズです。
この本は、発売直後にAmazonの古代日本史分野でベストセラー1位になっていました。(2017年3月現在は、古代日本史分野:4位、天皇制分野:2位です) やはり、天皇家とユダヤ人との関係、日ユ同祖論についてはみなさん関心が高いようですね。

このブログでも、古代日本とユダヤ人との関係についてはいくつかの本を紹介しています。それらの本でも、以前紹介した飛鳥昭雄氏のように古代イスラエル人が天皇となったという説もあります。

落合先生は、この本の中で天皇家のルーツが半島からやってきたという「半島文化優越史観」を徹底的に批判し、「天皇家のルーツは縄文人(天孫族)である」であると主張しています。

この本のポイントは、以下の5点です。
①天皇家はアマテラスの直系子孫(天孫族)の皇統である。
⇒ それ以外は「天神」(天津神)である。
②古代日本に中東の古代イスラエル人(いわゆるユダヤ人)が渡来して、海部直(丹後)、物部氏(河内)、宇佐氏になった。
③物部氏は、「先代旧事本紀」、「海部氏系図」を利用して天孫族に入り込み、天孫族になりすました。
⇒ 「先代旧事本紀」は江戸時代に偽書とされたが、「海部氏系図」は戦後に十分な調査がされずに国宝に指定された。
④戦後の日本史学界は、綏靖~開化までの天皇を「欠史八代」として徹底的に否定することで「半島文化優越史観」を打ち出した。
⑤物部氏を天孫の持ちあげようとした黒幕は、日本の古代史界のドンであった故上田正明氏である。

このユダヤ人の渡来に関する落合先生の情報源は、20年間研究してきた「吉薗手記」です。これは、孝明天皇の実質的な侍従長であった正三位堤哲長の孫であった吉薗周蔵(陸軍大将となる上原勇作の特務として活動)が残した文書です。
周蔵は、同じく孫である医師の渡辺政夫から上田家の家伝を聞きました。
辺さん云はるに、自分は京都のアヤタチの一族であるが、アヤタチといふは後に付けたる姓であり、元は海部(あまべ)といふ姓であった由。この海部は日本に流れ着いたるユダヤの人種である由。
この上田アヤタチ一族は、その血統を守るために同族婚を繰り返していた事も記載されていたそうです。その上田家からは、上田鬼三郎(出口王仁三郎)も出ているとのこと。さらに古代史の最高権威である故上田正昭氏が分家から入り家を継いだそうです。

その上田正昭氏が神官を務めていた小幡神社の祭神は開化天皇とその皇子だそうですが、その神官が開化天皇を含めた欠史八代の不存在を主張していたとのことです。そして、上田氏は、ニギハヤヒとホアカリを同体として天孫と記した「先代旧事本記」を持ちあげて上田家と同族の物部氏を天孫族であるとし、さらに戦後、疑惑の多い物部氏の「海部氏系図」を国宝に指定することによって物部氏の天孫族(天皇家)への潜入を肯定したと落合先生は指摘しています。
また、落合先生は、その上田正昭のバックはオリエント学界の三笠宮殿下であったことも指摘しています。

つまり、渡来ユダヤ人の末裔である上田アヤタチ家の当主である上田正昭氏は、日本史学界のドンとして、自分の出自とともに古代日本におけるユダヤ人の渡来を封印したのです。そして、欠史八代を不在とすることで、天孫の末裔の「臣」と連立系家系の子孫の「連」を区別できなくしました。これによって、その子孫である武内宿禰、その末裔の蘇我氏、葛城氏、平群氏などの有力豪族の出自が不明となり、半島からの渡来人の末裔とされました。これが、古代日本は朝鮮半島からの渡来人によって作られたとする「半島文化優越史観」が幅をきかせることの原因になっているのです。

日本の古代史に興味がある方には、必読の書だと思います。

【興味がある方へ】
落合先生が、京都皇統から伝えられて伝聞の一部を紹介します。
京都皇統代のメモ
皇別
①一期:第一期:神武から孝元までの皇裔諸氏。それ以降は「臣姓」を賜っている。
⇒ 多臣、春日、吉備、阿部、波多臣、巨勢、蘇我、平群、紀臣、葛城、江沼
⇒ 第一期の皇族、「臣姓皇別」
②第二期:開化から天武に至る間。「真人」を賜る。
⇒ 丹波、毛野、和気、安保、小槻、春日山、三尾、三河伴、牟義(むげ)、津部、御使(みつかい)、讃岐、土形、息長、三国、多治公、橘、当麻公、晴海、淡海、清原
③第三期:光仁・桓武以降、諸帝の後裔諸氏。「朝臣」
⇒ 純然たる臣下クラス。また源氏・平氏。主として同一の氏が繰り返し賜っている。
⇒ 16流の源氏、4流の平氏、在原、久我、長岡、良岑、広根
⇒ 「朝臣の皇別」
④神別:天孫とは、天祖からウガヤフキアヘズ尊、神武までの五代皇祖の後裔諸氏。
⇒ 神武即位以前は神代として特別に扱うため、神別の内に入れても差し支え無い。ただし、中央勢力と地方豪族の差異あること言うまでもなし。
⇒ 有名筋は出雲臣。これ天穂日命の末裔。河内臣これ天彦根命。尾張臣、これ天火明命 ← 天孫(落合先生も保留)

【落合先生の本に関してはこちらもどうぞ】
・「吉薗周蔵手記」が暴く日本の極秘事項」 落合莞爾著 を読む
・落合秘史はここから始まった! 『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』 落合莞爾著 を読む
・「天皇とワンワールド」 京都皇統の解禁秘史 落合莞爾著 を読む
・「欧州王家となった南朝皇統」 落合莞爾著 を読む
・現皇室は南朝の末裔だ「南北朝こそ日本の機密」 落合莞爾著 を読む
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飛鳥昭雄のエクストリームサイエンス「古代ユダヤと天皇家」 [歴史の真実・陰謀論]

http://enbanya.jp/dvd/detail.php?pid=56545400
飛鳥昭雄氏のDVDの内容を紹介します。エッセンスを書きだしてみました。
ポイントだけを書くと荒唐無稽に感じることも多いと思いますが、個人的にはなかなか興味深い内容だと思っています。
一部はYouTubeでも公開されていますので、興味ある方はぜひ見て欲しいと思います。

●「日ユ同祖論」は日本人が言い出したものではない。
⇒ 開国時に日本に来た商人たちが、日本の風習と聖書に書かれている内容との類似性に驚いて言い出した。

●日本人、天皇家のルーツ
①現住日本人(アイヌ、琉球人)
②物部氏:紀元前に秦の始皇帝が送った徐福(ヨセフ:古代イスラエル人)の一行が日本に来て住み着いた。始皇帝も徐福と同族であった。
⇒ この集団がアイヌ、琉球人を北と南に追い出した。
⇒ 物部氏となる。(旧約聖書の民)邪馬台国を統治していた。
③秦氏:紀元後に秦氏が朝鮮半島を経由して大挙して移住してきた。12支族が集まるのを待って渡ってきた。
新約聖書の民
東征して物部氏から国譲りを受けて神武天皇となる

●物部神道と血の儀式
・出雲神社、諏訪大社など古神道(物部神道)の神社は旧約聖書の「血の儀式」をやっていた。諏訪大社の「御頭祭(おんとうさい)」を見るとその名残が良く分かる。(鹿などのの首を切って神に奉げる)
・秦氏は、新約聖書の民であり「血の儀式」をやらない。秦氏が物部神道に入り込んだ。
⇒ 物部氏が「血の儀式」をやらないように監視するために、秦氏の下賀茂神社が物部神道の神社に禰宜を送った。(カモネギのルーツ)

●漢字の音読はヘブライ語への変換する鍵
・日本語の漢字の音読は、ヘブライ語に変換するための鍵。
⇒ 始皇帝の父親は、呂不韋。音読で読むと「ロフイ」⇒ ヘブライ語で「癒し手」日本語以外ではヘブライ語にならない。
⇒ 漢字の重要な部分は、聖書の内容を織り込んで日本人が作った。

・茶道はキリストの聖餐会
⇒ 千利休(セイント・ルカ)が洗礼を受けて、バテレン禁止令の中で茶道を通してキリストの聖餐会を秀吉を利用して全国に広めた。
⇒ 千利休の弟子たちはキリシタン大名が多かった。

天皇家のルーツは、イスラエルの12支族+レビ族の子孫
⇒ 当初は、12支族のうちのガド族が「戦う天皇」であったが子孫が絶えた。
⇒ 帝「ミカド」は、ミ(from)+ガド=ミガド(ガド族の出身)。代々の天皇はマナの壺を継承している。(前方後円墳は、マナの壷の形を表したもの。円が下で四角が上)
⇒ ガド族の子孫が途絶えて、後継者争いになったため、レビ族が後継者になった。
「戦う天皇」から「神事を行う天皇」に変わった

日本の歴史に興味がある方にはぜひ見て欲しいと思います。

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日ユ同祖論対談 飛鳥昭雄×久保有政 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)失われた日本ユダヤ王国「大邪馬台国」の謎 (ムー・スーパーミステリー・ブックス)失われたイエスの12使徒「八咫烏」の謎失われたイスラエル10支族「神武天皇」の謎 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)公安情報から読み解くユダヤと天皇家の極秘情報失われた天照大神の大預言「カゴメ唄」の謎タブーに挑む! テレビで話せなかった激ヤバ情報暴露します3 台風人間・八咫烏のヤバすぎる正体から最新宇宙人情報まで

「あの素晴らしい愛をもう一度」の真実 [音楽]

以前このブログでも書きましたが、私は中学生時代はフォークソングにはまっていました。
当時は、北山修作詞、あるいは加藤和彦作曲の70年代フォークがお茶の間を席巻していた時代です。その中でも、北山修と加藤和彦が歌っていた「あの素晴らしい愛をもう一度」が一番好きで、毎日のように聞いていました。この曲は、今では学校の教科書にも載っていると聞きましたが、時代の流れを感じますね。(笑)


この曲は日本のフォーク史に残る名曲だと思います。特にイントロのフォークギターのサウンドには今でも魅了されます。ところが、このイントロなんですが、今聞いてもどうやっているのかよく分かりません。
後にフォーク・クルセダーズを再結成した坂崎さんも当時コピーしても分からなかったようです。この動画の対談で加藤さんに聞いてようやく納得したそうです。

石川鷹彦さんが普通のスリーフィンガーを弾いて、加藤さんが12弦ギターで高音のマンドリンのようなサウンドを弾き続けていたそうです。(11:30 くらいからです)


それをレコーディング当時と同じような構成で弾いたのがこの動画です。


次の動画は、北山修の25歳の誕生日に行った「北山修/ばあすでい・こんさあと」に収録されているものです。このアルバムも中学生の頃、レコードが擦り切れるほど聞いていました。
このテイクでは加藤さんが一人でギターを弾いているので、通常のスリーフィンガーで弾いています。


この曲で重要なのは、北山さんが歌っている2番の歌い方です。
通常は、「あか~トンボのう~たを うた~った~そらは~~ ・・・」ですよね。石川さんの動画でもそう歌っています。ところが、北山さんは、「あか~トンボのう~たを うた~った~そらは! ・・・」と歌っています。これは、北山さんがふざけて歌っているんだとずっと思っていました。会場のお客さんも笑っていますので、同様に思ったのだと思います。
しかし、実際にオリジナルの歌(最初の動画です)を良く聞いてみると、北山さんは同じように、「うた~った~そらは!」と歌っていました。(ーー;

興味ない方にはどうでも良い話ですが、個人的に45年経ってようやく本当のことが分かったという話です。

ばあすでぃ・こんさあと+35歳バースデー・コンサート【興味ある方へ】北山修のバースディー・コンサートのライブ盤です。ディスク1、2があり、ディスク1には25歳の時のバーディーコンサートのライブが収録されています。これは貴重な音源だと思います。
これに収録されている「あの素晴らしい愛をもう一度」を高音質で聴いて下さい。
また、はしだのりひことクライマックスの「花嫁」のテイクは最高です! ウッドベースのベースラインがたまりません。
興味ある方は、ぜひ購入して聞いて下さい。


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「日本はキリスト教国家だった! 封印された日本史」 著 を読む2 [宗教について]

封印された日本史~日本はキリスト教国家だった!今回は、日本とキリスト教に関する本です。

この本の主張は、「日本にはザビエルが来るずっと前からキリスト教が伝わっていた」ということです。

著者のケン・ジョセフ氏は1957年東京生まれ。18歳まで日本で育つ。米カリフォルニア州バイオラ大学卒。先祖はアッシリアとのこと。日本の古代史研究家、秦氏研究家、景教研究家で千葉大学准教授です。

ジョセフ氏のお父さんは宣教師で大東亜戦争終戦後、マッカーサー元帥が米国民に日本の復興を助けるため1万人がボランティアで日本に来て欲しいという呼び掛けに応じて来日したそうです。
ジョセフ氏の先祖の地である中東のアッシリアという国は現在はありませんが、現在のイラクやイラン辺りの地域にあったと言われています。エデンの園、バベルの塔、ノアの箱舟が漂着したアララト山もアッシリアにあったと言われています。

ジョセフ氏は、古代アッシリアの時代から中国とは交易を行っており、漢の武帝の時代に大月氏の国(現在のアフガニスタン)に使者を送ったという記録があるそうです。つまり、古代から中近東と中国は、シルクロードを通してかなりの交流があり、中国にもキリスト教(景教)が伝わっていたということです。そして、そのシルクロードの終着点が私たちの住んでいる日本ですので、当然日本にも伝わっていたというのがその主張です。

現在の通説では、16世紀にイエズス会のフランシスコ・ザビエルが初めて日本にキリスト教を伝えたことになっています。しかし、ザビエルは日本に行く前にマラッカで日本人弥次郎に会い、日本の宗教、風習についてヒアリングしていたそうです。その時に、日本の仏教は基督教に似ており、混合していると気づいたそうです。そして、「福音はすでに日本において語られていると思われます。しかしその光は、今は彼らの罪と、異なる教えとによって、薄暗いものとなってしまっています。」とヨーロッパに手紙で伝えたそうです。

確かに、日本史をひも解いてみると、聖徳太子(厩戸皇子)が厩の前で生れたとか光明皇后の1,000人の垢すりの逸話も明らかにキリスト教(聖書)の影響があると思います。

ジョセフ氏は、景教以前に秦氏の渡来によって、古代キリスト教が日本にもたらされたと考えています。秦氏は応神天王14年(283年)に中央アジア弓月国の王が、約2万人という大集団を率いて渡来したと言われています。当時の日本の人口を考えると2万人は、かなりインパクトのある数だと思います。
秦氏は兵庫県赤穂市坂越に上陸したと言われています。秦氏は、京都の太秦を本拠地にして広隆寺を建立しましたが、これも仏教の寺ではなく古代キリスト教の教会だったと言います。江戸時代においても、儒学者太田錦城の「寺と名はついているが、仏教の寺ではない」という記述が残っているそうです。
また、後に造られた平安京は秦氏が造ったと主張しています。現在考えると、集団で渡来してきた秦氏が、どうして日本の中心である京都に土地をもらえたんだろうと疑問に思いますが、これは逆で秦氏が渡来した当時の日本の中心は河内周辺です。ですので、9世紀に秦氏が自分達の住んでいた土地に平安京を作ったということのようです。飛鳥時代以降は、奈良や京都は渡来人の新興住宅地だったそうで、当時の奈良の南部の住民の80%、京都の70~80%が渡来人、帰化人であったと言われているそうです。

ジョセフ氏は強く主張します。
・中近東、中央アジア、東アジアから多くの人がシルクロードを通って日本にやって来ている。
・奈良、京都はシルクロードの終着点である。
・シルクロードから日本にやって来た時、古代キリスト教や景教も一緒に伝来してきたはずで、その時に古代キリスト教や景教だけ中国や朝鮮半島に置いてきたはずがない。

その他、興味深い点をいくつか紹介します。
●茶道について
・茶道は、キリスト教の聖餐会である。
・キリシタン迫害時代に、茶室で「聖餐式」を行っていた。
⇒千利休の弟子たち「利休七哲」は高山右近などのキリシタン大名が多かった。
これに関しては、ジョセフ氏が、京都の裏千家の本部で確認したそうです。その時のコメントは、「 裏千家としては、そうは思っておりません。でも、家元がそう思っていらっしゃることは、事実です」とのことです。
もしこれが本当だとすると、秀吉は茶道の奨励を通してキリスト教を各地に広めたことになりますね。

●聖徳太子について
・聖徳太子が建立した四天王寺に「四箇院」(敬田院、施薬院、療病院、悲田院)という福祉施設が付随していた。このようなものは、他の仏教施設にはないものである。
⇒ これはキリスト教の思想によるものである。

●キリストの墓について
・このブログで紹介した青森県新郷村(旧戸来村)の「キリストの墓」(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2016-05-15)に関して、ジョセフ氏は、何日か滞在して調査したそうです。そして、キリストの墓の土地の持ち主にしつこく聞いて、以下の事実を聞き出したそうです。
昔その地方には渡来人の墓があったとのことでした。7つあったといいます。それらにさわると、バチがあたると言い伝えられていました。しかし戦前に、おばあさんがその墓を開けたそうです。そして中にある物を持ち出した。そのあと、いろいろあったみたいですけれども、やがて憲兵が来て、それらの墓を全部、大阪に持っていってしまったというのです。墓は、どうも基督教系の渡来人のものだったようです
現在、日本人は神道や仏教を信仰しているにもかかわらず、クリスマスを祝い、教会で結婚式を行い、バレンタインにチョコを送り、ハロウィンの仮装に興じています。普通に考えると節操がないとなりますが、この本に書いてあるように太古の昔から古代キリスト教に慣れ親しんできたからだと考えると何となく納得できますね。(^^)

日本の歴史に興味がある方にはぜひ読んで欲しいお勧めの一冊です。

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2017年 北海道美幌峠から初日の出を見る! [北海道]

2017年になりました。 相変わらず、ブログの更新が滞っていますが今年もよろしくお願いします。

さて、年末から北海道に帰省していました。今年は、念願の美幌峠で初日の出を見ることができました。
美幌峠は、ご存じない方もいるかと思いますが、道東の屈斜路湖の大パノラマを堪能できる北海道でも有数のビュースポットです。映画「君の名は」でロケされたことでも有名です。(最近大ヒットしたやつではありません。 昭和28年頃の映画です。(笑)) 夏に見るとこんな感じで湖を楽しむことができます。
DSCF4373.JPG
さて、1月1日の6時半頃にようやく展望台に到着です。美幌から峠までの一本道は、通常はあまり混んでいませんが、この日は大変な人で、車の列が並んでいて2つある駐車場に入れない状況でした。
すでに沢山の人たちが良い場所に陣取っていました。
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「美幌峠は一番上の展望台で見なければダメ」という私のポリシーに従って (笑) 上の展望台まで上がり ました。ここも良い場所はすでに取られていてぎりぎり一番端の場所を確保できました。
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この日は雲海で湖がまったく見えませんでしたが、これはこれで迫力があって良かったです。日が登る前、空が赤く染まってきました。
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この日は、とても寒くて恐らく-15 ℃以下にはなっていたと思います。完全防備の状態でも20分くらい待っていると手も足も冷たくなってきました。美幌峠は、屈斜路湖から強風が吹き上げてくることが多いのですが、この日は風が無くて幸いでした。もし強風が吹いていたら、5分も持たなかったと思います。
DSCF9380.JPG
知床方面の斜里岳に雲がかかっていますね。
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いよいよ太陽が頭を出してきました。
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顔を出し始めると出てくるのが早いですね。
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太陽が完全で出てきました。
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今年は天気が良くて良かったです! だんだん雲海が赤く染まってきます。
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これくらい太陽が登った時点で、撮影目的の人以外の方々はどんどん帰っていきます。もったいないと思いますが、撮影という目的がないと耐えられない寒さです。私の好きなスポットが空いたので、そこからのショットです。
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30年以上前に、ここで初日の出を見に来た時には、私たちの他には数組の車しかいませんでしたが、最近は例年1,000人くらい集まるそうです。当然、そんなに駐車場があるはずもなく、ご覧のように峠道に路上駐車することになります。
DSCF9492.JPG
上の展望台に登る途中からのショットです。
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下の展望台も写真撮影の人たち以外は帰ってしまいました。もったいないですが、とにかく寒いです。私もレンズを交換してもっともっと撮影する予定でしたが、手と足が凍えてその気力が湧きませんでした。(^^)
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ここのショットも良いですね。
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これは駐車場にむかう道の途中から撮影したものです。右側の高い所が、一番上の展望台です。
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今年は元旦から好天で、きれいな初日の出を見る事ができました。
今年は良い年になりそうです!

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麻布十番で更科総本家の蕎麦を食する [蕎麦を楽しむ]

最近、お蕎麦がマイブームで週に3日、4日くらいはお蕎麦を食べに行くようになっています。そんな訳で、今回はお蕎麦の話です。

都営地下鉄の駅ができた頃から仕事の関係で麻布十番によく行くようになりました。この麻布十番は、いわゆる高いお店が多いエリアですが、更科蕎麦の本店が3軒もあることでも有名です。

①総本家 更科堀井 本店
②麻布永坂 更科本店
③永坂更科 布屋太兵衛 麻布総本店


なぜ、この狭いエリア(一番遠い店の間でも徒歩5分程度の距離)で3店舗が本店を名乗って競っているかについてはさておき、(興味がある方はググってみて下さい)問題はお店の蕎麦の味です。食べ物のお店を調べるには、やはり「食べログ」が便利なので、その評価を見て見ますと評価の高い順に 、

①更級堀井:3.60
②更級本店:3.57
③布屋太兵衛:3.08


となっています。
参考までに長年麻布十番に住んでいた知人に聞いてみたのですが、やはり①の堀井が一番美味しいとのことでした。ちなみに、私は10年くらい前にその知人に連れられて更科堀井に連れて行ってもらった記憶はあるのですが、何を食べたのかも味も全く覚えていません。(笑)

更級蕎麦とは、蕎麦の実の中心部分だけを使った蕎麦で、真っ白な高級感のある蕎麦で御前蕎麦とも言われます。一般的には更級蕎麦は蕎麦の香りよりものど越しのなめらかさを楽しむものと言われています。麻布十番にあるお店はその更級蕎麦の総本家と言われています。

最近、仕事で連続して麻布十番の近くに行く用事があったので、三軒のお店のせいろ蕎麦を食べ比べてみました。更級蕎麦で有名なお店の味を語るのに普通のせいろの味で評価するのはおかしいではないかとのご指摘もあるかと思います。しかし蕎麦屋の基本はせいろだと思いますし、何よりも私自身は、蕎麦の甘皮を一緒に挽いた普通の蕎麦や田舎蕎麦の方が好きなので更級蕎麦があまり得意ではないことも大きな理由です。「だったら、更科以外の蕎麦屋にしろよ!」という突っ込みは無しでお願いします。(笑)

①総本家 更科堀井 本店
まずは、堀井のお蕎麦です。ここは、更科本店で一番評価が高いお店ですので、普通のせいろと更科蕎麦をそれぞれ1枚ずつ頂きました。せいろは「から汁」で頂きます。ここのお蕎麦は、私がこれまで食べた事のないような食感の蕎麦で、蕎麦の切り口の角をまったく感じない不思議なものでした。美味しいとは思いましたが正直に言うと高評価の理由が分かりませんでした。
13921173_787639558044582_2380849620804324997_n (1).jpg























本家の更科蕎麦を食べてみれば自分の更科蕎麦に対する認識が変わるのでは、との期待もあり食べてみましたが、結論は変わりませんでした。確かに、のど越しは良いですが...。(^^) 更科蕎麦は青いとっくりの「あま汁」で頂きます。最初はその甘さに驚きますが、慣れてくると病み付きになります。
13903264_787639554711249_4825434931735657405_n (1).jpg























②麻布永坂 更科本店
このお店は、地下鉄の麻布十番駅から大きな通りを挟んだ向かいにあり、他の店のあるブロックとは少し離れています。
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ここではせいろの大盛りを頂きましたが、ここのお蕎麦も切り口の角を感じない普通に美味しいお蕎麦という感じでした。確かに美味しいけど...。
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③永坂更科 布屋太兵衛 麻布総本店
最後は布屋太兵衛の総本店です。このお店は大宮のそごうに支店が入っているので、そこでは何度か食べていました。その感想は有名な更科のお店ではありますが、「まあ、こんなものか」と思って食べていました。
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このお店は普通のせいろでも「あま汁」と「から汁」の2種類が付くのが特徴です。
さて、この麻布十番の総本店のお蕎麦ですが、最初に口に入れた瞬間に大宮店の蕎麦とは風味がまったく違うことが明確に分かりました。「う~ん、これはうまい蕎麦だ。さすが総本店だ!」と一人事を言いながら満足して食べました。あま汁、から汁の味は大宮店と大差ないように感じました。
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さて、最終的な3店の私のお好みランキングは次の通りになりました。

③布屋太兵衛
②更級本店
①更級堀井


つまり、食べログの評価と全く逆の結果となりました。
まあ、これはあくまでも私のランキングですので他の人には参考にならないと思いますが...。
食べ物の好みは人それぞれ違いますからね!(^^)

食べログの蕎麦屋の口コミを見ると、料理を食べながら日本酒を飲み、最後の〆に蕎麦を食べるというような人が多いので、単に蕎麦の味だけで評価されているのではないようです。今回の麻布十番の3店も、場所がらもありそのようなお店の一つでしょうから、他の料理、お店の雰囲気、麻布十番という場所を含めた全体の評価なのだと思います。

今回、3つの更科のお店を食べてみて、仮にこのお店が自宅の近くにあったとして食べに行くかと考えると、一度は行くにしてもあまりリピートはないだろうなという感じです。だって、私の住んでいる埼玉県には、もっと私の好みに合うお美味しい蕎麦屋さんが沢山あるんですもの。(笑)

最近はどのお店も新そばを出す季節になりましたので、蕎麦を食べに行くのが楽しみです。

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入間航空祭を楽しむ (2016年) [関東]

11月3日は、埼玉県入間基地の航空祭です。
昨年は、川越の自宅のベランダで撮影してストレスが溜まったことを書きました。(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2015-11-04) そんな訳で、今年は絶対に入間基地に行って近くで撮影するんだ! と意気込んでいました。しかし、Web上の情報を見ると会場の混み具合はハンバでないようなので、渋滞と人ごみが嫌いな私としては、気持ちがかなりグラグラと揺れました。

1.JPG前日になってXF100-400㎜レンズと×2 のエクステンダーを借りることができたので、「400㎜あれば近くに行かなくてもいいだろう」と考えて、入間基地から入間川を挟んだ川沿いにある柏原の公園で撮影することにしました。この辺りの運動公園は、子供達のサッカーの少年団の試合で何度も通っていたのホーム感覚で撮影できます 。


しかし、結論から言うと今年もストレスが溜まる撮影でした...。

T-4機のオープニングフライトです。
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U-125という飛行点検機だそうです。
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この後、T-4機が続きます。やはり戦闘機は速いです。400㎜で撮影するとフレームに入れるのも難しいです。しかもAFの食い付きが悪いため、なかなかキレの良い画像が撮れません。(- -;
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C-1 輸送機です。中型戦術輸送機だそうですが、見た目はかなり大きく見えます。
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ここからはブルーインパルスの飛行です。T-4機の撮影で、自分には近距離でブルーインパスルを撮るのは無理だと悟り、昨年同様に自宅のベランダから撮ることにしました。撮影は、400mmに×2 のエクステンダーを付けて、800㎜ (35㎜換算 1,200mm) で行いました。
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終わり際に自宅の上を通ってくれました。
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13.JPG






























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この日は、天気は良かったのですが、微妙にモヤっていて、距離があるためどうしてもクリアな画像が得られませんでした。また、エクステンダーを付けると2絞り暗くなり開放でもF11になってしまうため、今回のようにシャッタースピードが必要な場合はISO感度が上がってしまう事もクリアな画像とならない原因でした。

さらにクリアな画像を得るには、やはり近距離で300㎜くらいのレンズで撮影するしかありませんね。
来年こそ、入間基地に行くしかない!(笑)

2017年は、入間基地に行って来ました。
・ブルーインパルスは最高! 入間航空祭に行く (2017年):http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2017-11-04

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フジのX-Pro2が1位に! 「日本カメラ9月号」全機!大撮りくらべ大会 [写真]


日本カメラ 2016年 09 月号


UPするのが遅くなってしまいましたが、「日本カメラ9月号」の記事です。

現行レンズ交換式カメラ全機種実写比較 全機!大撮りくらべ大会」という大企画です。
キヤノン、ニコン、ペンタックス、ソニー、富士フイルム、シグマ、オリンパス、パナソニック、コダックの現在販売されている合計60機種を一度に評価するという大変な企画です。60台もあると、同時撮影を駆使しても1カット撮影するだけでも2時間以上かかったそうです。機材総重量30kg、総額1,000万円超えと書いてあります。(^^)

評価内容は以下のような項目です。
01:仕上がりの色・ホワイトバランス・AE(撮って出しのJPEG画像をみる)
02:高感度画質(ISO6400の描写を比較)
03:暗所でのAF(薄暗いシーンでAF性能を比べる)
04:連写時の動体追従AF(選抜 動きモノ撮影対決)
05:解像感(高画素機・最新技術の頂上決戦)
そして評価結果ですが、ちょっとビックリです。私の使っている3年前に買った富士フイルムのX-E2が5位に入っているのには椅子からズリ落ちそうになりました。(笑)
まあ、画質の評価は「撮って出し」ですので、レタッチ前提のニコン、キヤノンの一眼レフ機種は納得いかないと思いますが、レタッチは人によって画質が変わり一律の評価ができないのでしょうがないですね。
【結果】
1位:富士フイルム X-Pro2
2位:ニコンD750
3位:富士フイルム X-T1
4位:ニコン D5
5位:富士フイルム X-E2
6位:キヤノン EOS-1DX MarkⅡ
7位:キヤノン EOS 5Ds
8位:ニコン D810
9位:キヤノン EOS 5Ds R
10位:キヤノン EOS 6D
<評価者>(敬称略)
カメラマン:伊藤亮介、宇佐美健、落合憲弘、曽根原昇
編集部:大谷、志村、佐々木
評価項目毎に、風景撮影では、EOS Mシリーズが上位に来たり、高感度画質はキヤノンのフルサイズ機が上位を独占、連写時のAF追従ではニコン機種が上位独占とそれぞれの得意項目があるようです。富士の機種はそれぞれの項目でまんべんなく高い得点を得たようです。

個人的には、富士のカメラが上位に来るのは違和感がありませんが、ソニーのカメラが一台もベスト10に入っていないのには驚きました。画作りの方向がカメラマン達の好みと合わなかったのかも知れませんね。

詳細に興味がある方は、ぜひ読んでみてください。

カメラ雑誌に関しては、以下もご覧下さい。
「編集権の独立って? 最近のカメラ雑誌を見て感じたこと」(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2014-04-13
「これからはミラーレス一眼の時代か? 家電批評 「一眼カメラの選び方がわかる本」 を読む」(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2014-05-06-1

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日本カメラ 2016年 10 月号 [雑誌]日本カメラ 2016年 11 月号 [雑誌]アサヒカメラ 2016年 11 月号 [雑誌]カメラマン 2016年11月号 [雑誌]


明治天皇はスサノオの末裔だ! 「陰謀 天皇奠都と日本純血統人の使命」 ベリー西村著 を読む2 [歴史の真実・陰謀論]


天皇奠都と日本純血統人の使命_京都鞍馬寺・五月満月祭と天皇家の秘密

ベリー西村氏については、『「マレーシア航空370便」 米中軍事ケシュ技術争奪戦の生贄 ベリー西村著を読む』(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2014-06-21)で紹介しましたように、「Ω様」と呼んでいる神様?から20年に渡って教えてを受けてきたそうです。その中から日本の起源と今後日本がなすべきことを書いたのがこの本です。

ベリー西村氏は、もともと予知夢の研究を行っていたそうで、2013年に出した著書で、「東京および数か所の都市が北朝鮮が同時に発射した30発の核ミサイルで破壊され、本人も死ぬ」という予知夢を見たと書いています。2013年当時はあまり現実味がありませんでしたが、最近の北朝鮮の動き(ミサイルの2発同時発射など)を見ているとだんだんとリアリティを感じています。これは絶対に実現して欲しくない話です。

前回書いた内容の日本人の起源のポイントを読んでいない人のためにもう一度書きます。
くわしくは、(『日本人は龍族の末裔だ! 「陰謀 天皇奠都と日本純血統人の使命」 ベリー西村著 を読む1』: http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2016-09-22)をお読みください。

★16,000年前、金星経由で地球にやって来た龍族が、青森に住んでいた海洋民族と遺伝的な交配を行いました。その龍族の血を引いた人たちは、その後シュメールに移動してシュメール文明を興しました。そのシュメール文明が他の文明の起源となりました。

当時の日本人のルーツは、以下の通りです。
現住海洋民族:もともと日本に住んでいた民族で秦(はた)一族の侵攻により北海道、沖縄に追いやられた。
物部一族:支那大陸の秦(しん)の始皇帝が日本に送った徐福一行の子孫でシュメール血統(龍族の血統を引き継いでいる)。
藤原一族:ユダヤ十支族の子孫で、源氏となる。
蘇我一族:ペルシャ系弓月一族の子孫で、平氏となる。
その後、物部一族が統治していた近畿地方にあったヤマトゥ国(邪馬台国)を九州から侵攻してきた秦(はた)一族(藤原一族+蘇我一族)が攻め、出雲戦争の結果秦一族に国譲りを行い、大和朝廷となりました。国譲りの条件として物部一族も朝廷に参加することになり、出雲大社を再建させました。

●天皇の皇統に関して
・秦(はた)一族は、藤原一族(ユダヤ十支族系)が宇佐八幡宮を建立したことで、蘇我一族(ペルシャ系)と対立することになりました。飛鳥時代は藤原十支族系、蘇我ペルシャ系、物部純血統の三つ巴の乱世となります。

*592年:蘇我馬子(ペルシャ系)が崇峻天皇(十支族系)を殺害。
*645年:中大兄皇子(天智天皇:十支族系)が蘇我入鹿(ペルシャ系)を殺害。
*671年:大海人皇子(天武天皇:物部純血統)が天智天皇(十支族系)を暗殺。
*686年:持統天皇(十支族系)が大津皇子(物部純血統)を殺害。

天智天皇の血を引く持統天皇が無理やり自分の孫に皇位を譲って天智天皇の皇統を守ったのは、物部純血統に行ってしまった皇位を藤原十支族系に戻すためだったのです。
天武天皇の死後、権力を握った藤原一族は、720年に日本書紀、728年に古事記を編纂し、焚書を行い貴重な過去の資料をすべて焼き払いました。

その後は、源平の争いとなりますが、
平家:ペルシャ系。
源氏:藤原十支族系で、平氏を滅ぼした後は、足利家まで続く。
織田信長:平家、ペルシャ系
豊臣秀吉:?(記載なし)
徳川家康:藤原十支族系で、江戸時代は天皇も藤原十支族系
明治維新:天皇は、物部純血統に戻ったが、偽ユダヤであるイルミナティが日本に侵入し、現在まで日本全土を支配している。イルミナティに囲まれた東京の皇居(江戸城)に物部純血統末裔が住んでいるのが今の状況。封印された魔法陣に囚われているようなもの。
この状況を打破するには、天皇が京都へ戻られること(「奠都」(てんと))が重要。それがトリガーとなってスサノオ(龍族王)が地球に再臨することになる、とのことです。

以上の説明で明治天皇が東京に遷都された時に埼玉県大宮にある氷川神社を重視して、武蔵国の鎮守勅祭の社として定めて何度も行幸された理由がわかりました。明治帝は物部純血統でスサノオの血を引いていたので、スサノオを祭神としている氷川神社の総本社である大宮氷川神社を最重視されたということだと思います。(スサノオは龍族の王)

●伊勢神宮について
伊勢神宮は、日本の最高神である天照大御神(アマテラスオオミカミ)が祀られている神社です。日本に「○○神宮」と呼ばれる神社はいくつかありますが、単に神宮と言えばこの伊勢神宮のことを言います。

さて、その日本の祖先神を祀った伊勢神宮ですが、その子孫であるはずの天皇は、神武天皇以来だれも参拝しておらず、明治天皇になってようやく参拝されました。これはあまり知られていないことですが、大きな謎だと思います。
また、称徳天皇が弓削道鏡に皇位を譲ろうとした時に起きた「宇佐八幡宮神託事件」で天皇は、勅使(和気清麻呂)を近くにある伊勢神宮ではなく、遠い九州にある宇佐八幡宮まで送っています。これまでの通説では皇位の継承に関する重要な事柄に関して、なぜ祖先神を祀る伊勢神宮ではなく宇佐八幡宮に行ったのか理由が全く説明できていません

この本でΩ様は以下のように述べ明治天皇が参拝した理由を明確にしています。
伊勢神宮は、大和朝廷の神を祭った神社ではなく、大和朝廷が滅ぼした大国主命、龍族、スサノオの祟りを鎮めるために建立されたものであるため、十支族末裔の天皇は参拝することができなかった
明治天皇は大国主、龍族、スサノオの血を引いた物部純血末裔なので参拝することができた。(明治維新で血統が変わった)
・アマテラス=アフラ・マズダーは本来男神であったが、記紀を編纂した時代が持統天皇の時代だったので女神に改ざんした。

●諏訪大社について
以前、『イスラエルの失われた10支族が日本に来ていた! 「この国の「深奥」の重大な歴史」 久保有政著 を読む』(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2016-09-18)で諏訪大社の御頭祭と旧約聖書の記述との類似について書きましたが、その理由も書かれています。
・約7,000年前、青森文明が地震と津波で破壊され、龍族が飛騨高山を中心とした拠点を作りました。彼らは諏訪の地にシュメール思想(旧約聖のもとになった思想)通りの世界を造り、その噂がユダヤ系民族に伝わり諏訪の地の人口が増えていきました。
この情報は現在の中国、韓国にも伝わり、龍族エイリアンの血統、DNAを持つ人々、すべてが日本に渡ってきた。これが中国、韓国にYAP(-) 遺伝子を持つ民族が一人もいなくなった理由じゃ。龍族に選ばれた民が、すべて日本に集まっている、それが日本なのじゃぞ。

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諏訪大社の上社前宮にある十間楼(写真)は、ソロモン宮殿の幕屋(礼拝堂)と同じ様式、大きさ、方位で建築されているそうです。また、有名な「御柱祭」もソロモン神殿に使用する柱をレバノンからエルサレムに運んだ行事がもとになったそうです。



【2016.10.17追記】
●青森県にある「キリストの墓」について
このブログで紹介した青森県新郷村の「キリストの墓」(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2016-05-15)ですが、Ω様はバッサリと切り捨てています。(^^)
戸来村の六芒星は1935年、竹内巨麿が「竹内文書」を持って戸来村を訪れ、村や近隣の人達に一大センセーションを巻き起こした。その後村人は「村興し」の一つとしてキリストの墓という表示支柱に六芒星を追加したのじゃ。村人は無調査、または理解不足だったのか、キリストとキリストを殺した偽ユダヤのマークを一緒に表示してしまったのじゃ
言われてみれば...。(笑) 確かに、キリストを殺したユダヤのマークである六芒星がキリストの墓にあるはずがないですね。村人が後になって付けたというのが実情なのでしょう。

日本の歴史に興味がある方にはぜひ読んで欲しいお勧めの一冊です。

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2018年成就・イルミナティの悲願__英国誌「エコノミスト」予言の解読に成功!神との対話集夢研究者と神_神が語った睡眠・宇宙・時間の秘密洗脳―あなたが集団催眠から脱却する本です未来はすべて決定していた!_神様から教わった時間の秘密絶対入眠法_睡眠環境や精神状態に関係なく確実に眠ることができます神覚 _The Eighth Sense 〈第八感 〉_人に頼らず、ご自身で神様と対話してみませんかSTAP細胞は存在していた!_ 発覚!強奪されていた小保方晴子・世紀の大発見小保方晴子手記「あの日」への若山照彦の説明責任__日本人だけが知らないSTAP細胞、世界の現状

日本人は龍族の末裔だ! 「陰謀 天皇奠都と日本純血統人の使命」 ベリー西村著 を読む1 [歴史の真実・陰謀論]


天皇奠都と日本純血統人の使命_京都鞍馬寺・五月満月祭と天皇家の秘密

ベリー西村氏については、『「マレーシア航空370便」 米中軍事ケシュ技術争奪戦の生贄 ベリー西村著を読む』(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2014-06-21)で紹介しましたように、「Ω様」と呼んでいる神様?から20年に渡って教えてを受けてきたそうです。その中から日本の起源と今後日本がなすべきことを書いたのがこの本です。


ベリー西村氏は、もともと予知夢の研究を行っていたそうで、2013年に出した著書で、「東京および数か所の都市が北朝鮮が同時に発射した30発の核ミサイルで破壊され、本人も死ぬ」という予知夢を見たと書いています。2013年当時はあまり現実味がありませんでしたが、最近の北朝鮮の動き(ミサイルの2発同時発射など)を見ているとだんだんとリアリティを感じています。これは絶対に実現して欲しくないです。

さて、この本のポイントを書くと、「日本人は16,000年前に金星経由で地球に来た龍族の血統を受け継いだ民族である」ということです。ですので、そのような話に興味が無い方は以下は読まない方が良いと思います。(^^)

私自身は、「広い宇宙の中で知能が高い生物が住んでいるのは地球だけであるはずがない」という考えです。ですので、当然その沢山ある地球のような星から地球を訪れた人たちが沢山いると思っています。そして、そのような地球に来ることができる高等な知識、技術、武器を持った人たちが、昔の人たちに神として崇められたことも十分可能性があると思います。例えば、旧約聖書の神は「我はねたむ神である」というような言葉が書かれており、苫米地先生が「けっこう煩悩あるじゃん!」と発言されている通り、それは決して全知全能の神ではないように思います。

さて、この本でベリー西村氏は日本人のルーツについて下記のように書いています。
現住海洋民族:もともと日本に住んでいた民族。秦(はた)一族の侵攻により北海道、沖縄に追いやられる。
物部一族:支那大陸の秦(しん)の始皇帝が日本に送った徐福一行の子孫でシュメール血統(龍族の血統を引き継いでいる)。
藤原一族:ユダヤ十支族の子孫で、源氏となる。
蘇我一族:ペルシャ系弓月一族の子孫で、平氏となる。

もともと日本には①の海洋民族が住んでいましたが、紀元前230年頃、②の物部氏が日本に上陸し住み着きました。紀元前210年から120年にかけて(③藤原一族+④蘇我一族)である秦(はた)族が、九州に上陸したと言われています。(秦とは「かき集められた民」という意味でユダヤ十支族の末裔、ペルシャ系末裔、シュメール末裔(混血)の総称)

それでは、この本に書かれている日本のルーツをまとめてみます。
①16,000年前、現在のアイヌ、沖縄人の祖先が海洋民族として青森文明を創った。(太平山元遺跡)当時の日本の人口は15万人、地球全体でも700万人であった。
②そこに龍族という金星経由でやって来た地球外人が飛来し、海洋民族と遺伝的な交配が行われ青森文明を興した。龍族の宇宙船の想念波動を増幅するためには金(Gold)とピラミッドが必要だった。日本では、皆神山(長野県)、位山(岐阜県)、尖山(富山県)笠置山(岐阜県)、沖縄の伊是名島海底などを造る。沖縄の伊是名島海底の3つのピラミッドをプロトタイプとしてエジプトのピラミッドを作った。(約10,000~13,000年前)
③その後、青森を地震、津波が襲い7,000年前頃に飛騨高山を主として日本列島に散らばった。
④青森海人は、その地からシュメールに移動してシュメール文明を造った。
⑤5,000年前に火星、月経由で飛来した別の地球外人(蛇族)がエジプトに飛来し、龍族と対立した。蛇族の宇宙船は真空重力エネルギー磁場を利用していたので、ピラミッドは不要であった。クリスタル、ヘマタイトを求めて地球に飛来した。その後、蛇族はエジプトから追い出されカナンに移動し、その後大部分が離散した。
⑥ペルシャ、インド、キルギス、弓月国を経由したシュメール人の末裔の一人が秦(しん)の始皇帝となった。
紀元前230年頃、始皇帝は、徐福に命じて秦一族から血統の正しい者たち3,500人を選ばせて、龍族の「純血」を守るために日本に85隻の船で移住させた。本隊は三重に上陸。一部は佐賀、鹿児島、宮崎、丹後、四国、和歌山、能登、駿河に上陸し、その地で文化、技術、信仰、医薬、天文、稲作、鋳造技術などを広めた。
⑦秦帝国崩壊により、漢民族に弾圧を受けた軍人の秦(はた)一族60万人が約90年かけて結集し北九州に渡った。秦とは「かき集めた人々」という意味で、純血ではなく中東、西アジア、東南アジア、シベリア大陸の混血した民族が含まれる。
・秦混成軍によって、大量の鉄剣や鎧が日本に持ち込まれた。(当時の日本の人口は約20万人)
・紀元前120年頃、平和に暮らしていた龍族の純血民は銅剣で対抗したが、鉄剣には抵抗できず九州全土を制圧された。
・紀元前110年頃、ペルシャ系軍団が中国地方、四国地方へ侵攻を開始。その後、190年かけて四国の徳島に本拠地を置く。徳島を選んだ理由は「邪馬台(ヤマトゥ)国」に最も近く攻撃からも安全な場所だったからである
「ヤマトゥ国」は徐福末裔(物部純血一族)たちが治めていた
・物部一族はシュメール哲学をベースに北斗七星、シリウス思想を神社を通して日本で広めていた。アフラ・マズダー(アマテラス)の天使は「巫女」であり太陽神に仕えていた。全国の巫女から6名を選んで大巫女とし、大巫女6名は特別に「日巫女」という職位で呼ばれていた。それを秦混成軍は卑弥呼と蔑称した
・紀元前80年から最大の激戦である出雲戦争が始まり、その後60年続いた。秦混成軍は戦闘では出雲を攻略できなかったため、水源と食料に毒を混ぜる戦略で出雲国王は死亡。兵士、住民の半数が死亡した。これに失意した龍族王、龍族は地球から離れた。
⑧秦混成軍は疲弊し、兵力は5万人を割り、ヤマトゥ国との戦闘できる力は無かった。しかし、ヤマトゥ国も出雲に大量の兵士、食料を供給していたので同様に疲弊していた。
⑨支那では魏が滅亡して司馬一族(ユダヤ十支族系末裔)の晋が興り、それにより同族である秦混成軍に鉄剣が大量にもたらされてヤマトゥ国との武力バランスが崩れる。秦混成軍はヤマトゥ国に降伏を要求し、ヤマトゥ国は降伏条件を出し受け入れた。(これが日本神話にある「国譲り」)
「国譲り」の条件は、「物部一族の存続」、「新朝廷への参加」、「出雲大社の再建」。
⑨秦混成軍はヤマトゥ国を征服し、大和朝廷を成立させた。古事記、日本書紀編纂後、漢字のみを使用すると定めた。しかし、制定後200年以上の間、地方では、これまで使っていた神代文字を使用していた。その後、藤原一族は日本に存在する神代文字の書物はすべて焼き払った

いかがでしょうか。 なかなか面白いと思いませんか?
興味ある方にはお勧めの本です。

さらに詳しく知りたい方は、その2もご覧下さい。
『明治天皇はスサノオの末裔だ! 「陰謀 天皇奠都と日本純血統人の使命」 ベリー西村著 を読む2』
http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2016-10-02

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イスラエルの失われた10支族が日本に来ていた! 「この国の「深奥」の重大な歴史」 久保有政著 を読む [歴史の真実・陰謀論]

もう隠しようがない 日本人が知って検証していくべきこの国「深奥」の重大な歴史 ユダヤ人が唱えた《古代日本》ユダヤ人渡来説
今回は、日本人とユダヤ人との関係に関しての本です。

まず最初に断わっておきますが、さまざまな陰謀論で語られる「ユダヤ」は、いわゆる「フリーメンソン」のことで、これは人種的にも宗教的にもユダヤとは関係ありません。(詳しくは、「ユダヤとは何か? 落合先生の最新刊、 金融ワンワールド 落合莞爾著を読む」:http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2012-05-29 をご覧ください。)
著者の久保氏は1955年兵庫県伊丹生れ、ユダヤ文化研家、古代史家で、日本とユダヤの関係の著書を多く書かれています。

日ユ同祖論」(日本人とユダヤ人は同じ先祖を持つ)は、かなり昔から唱えられていますが、まあほとんどがトンデモ論の扱いだと思います。これが日本人=ユダヤ人という意味であればありえない話だと思いますが、この本で主張しているのは、
古代日本にイスラエル人(ユダヤ人)が渡来し、神道や天皇制、また日本人の特徴となる伝統文化などをもたらした」ということです。そして、その説が日本人だけでなく多くのユダヤ人からも唱えられています。この本は、そのユダヤ人たちの主張をまとめたものです。

この本でいう「ユダヤ人」は「古代イスラエル人」のことです。
かつて古代のイスラエル民族は、紀元前10世紀には12支族からなる統一王国をつくっていた。だが、そののち南北に分裂。「北王国イスラエル」には10支族がついたが、アッシリア帝国によって捕囚され[紀元前722年]、そののち世界に離散した。
一方、「南王国ユダ」の人々は、のちに「ユダヤ人」と呼ばれる人々であるが、バビロン帝国やローマ帝国によるエルサレム破壊などの憂き目を経験し、さらに約1900年間の世界への流浪を経験したのち、ついに1948年、祖国の地に「イスラエル共和国」を建国した。
彼ら南王国ユダの子孫=ユダヤ人は、同胞である「イスラエルの失われた10支族」を探し求めてきた。

この本では、5人のユダヤ人を紹介しています。
ラビ・マービン・トケイヤー(1936年~):東京広尾の日本ユダヤ教団のラビ(教師)
ヨセフ・アイデルバーグ(1916~1985年):イスラエル防衛軍士官。京都の護王神社の見習い神官となり日本の伝統を研究。7ヶ国語を話す。
ラビ・エリヤフ・アビハイル(1932~2015年):「イスラエルの失われた10支族」の調査、およびイスラエルへの帰還を支援する特務機関「アミシャーブ」の創設者。
アビグドール・シャハン(1933年~):教育者、文学者、歴史家。
エリ=エリヤフ・コーヘン(1949年~):ユダヤ教司祭の家に生まれる。元イスラエル大使。

⑤のエリヤフ・コーヘン氏は、このブログで紹介した「キリストの墓」にエルサレム・ストーン(石灰岩)を寄贈した方です。(「30年ぶりにキリストの墓を訪ねる」 http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2016-05-15 参照)

これらの人たちは、日本に来て日本の神道や生活様式、考え方や神話の内容がユダヤ人のそれと驚くほどの類似性があると感じています。

●旧約聖書と古事記、日本書紀の内容の類似
●カタカナとヘブル語の表記の類似
●日本語と古代ヘブル語の類似(数多く提示されている)
●日本の神社とイスラエルの神殿の類似
・日本の御神輿(おみこし)とイスラエルの契約の箱が似ている。
・日本の神社は手水舎で禊をおこなうが、ユダヤ教でも死者や出血、汚れ、病気などを穢れたものとみなし、それらに触れた場合清めの行為が必要。
・日本の神社の神官の装束と古代イスラエルの祭司の服装が似ている。
・諏訪大社の御頭祭と聖書にあるモリヤにおいてアブラハムがイサクを神に捧げようとした話が酷似している。(諏訪大社の御神体は「守屋山(モリヤ山)」である)

ユダヤ人は、現在でも「イスラエルの失われた10支族」の調査を続けており、その多くはシルクロード沿い(アフガニスタン、パキスタン、中央アジア、北インド、ミヤンマー、中国)などで見つかっているそうです。そしてそのシルクロードの終着点である日本に到達したであろうことは間違いないと考えています。

その日本に来たユダヤ人は「弓月の民」=「秦氏」であろうと言われています。秦氏は京都の太秦に移住したと言われています。太秦には大辟神社(おおさけ神社、現在は大酒神社と書く)があり、大辟は、イスラエルの王ダビデの中国語表記と同じだそうです。

私は、30年以上前に恐らく(詳細は失念)ヨセフ・アイデルバーグ氏の本を読みましたが、「話としては面白いけど...。」という印象でした。しかし、今回の久保氏の本を読み、少なくとも古代において日本がユダヤ人の影響を受けていることは間違いないと思いました。

興味ある方にはお勧めの本です。

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日本とユダヤ 聖徳太子の謎 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)神道のルーツとユダヤ 日本の神道と伝統的風習の起源は古代イスラエル人!神道の中のユダヤ文化 (ムー・スーパーミステリー・ブックス)仏教の中のユダヤ文化―聖書から見た釈迦の教えと聖徳太子伝説 (ムー・スーパーミステリー・ブックス)日ユ同祖論対談 飛鳥昭雄×久保有政 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史―失われた10部族の謎 (Natura‐eye Mysteria)日本書紀と日本語のユダヤ起源 (超知ライブラリー)

本物の塩は美味しい! 「すごい塩」 白澤卓二著 を読む [健康]


長生きできて、料理もおいしい! すごい塩すごい塩―――長生きできて、料理もおいしい!
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今回は、塩の話です。

著者の白澤卓二先生の略歴です。 1958年神奈川県生まれ。千葉大学医学部卒業後、老化ゲノムバイオマーカーの研究を行う。順天堂大学大学院医学研究科・加齢制御医学講座教授。医学博士。
このブログでは、(「砂糖」をやめれば10歳若返る! 白澤卓二著 を読む:http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2013-03-31)を紹介しました。この本で、先生は「砂糖はソフトドラッグだ!」と主張されています。また、最近ではココナッツオイルを使ったダイエット法でよくTVにも出ていますね。また、以前このブログで紹介したジョコビッチの本に解説文を書かれています。

今年のGWに八幡平に行った時に、たまたま三陸「宮古の塩」を買ってきました。この塩が荒塩で、そのまま食べても美味しかったので、すっかりはまってしまいました。とは言え、塩はあまり摂ると体に悪いと思っていたのですが、前述のジョコビッチの本や「自分を変える最強の食事」に海塩を積極的に摂取していることが書いてあり、興味を持ちました。
そんな時、たまたま見たTVで九州の天草の昔ながらの製塩法で作っている塩の紹介をやっていたので、早速Webで注文しました。(「通詞島の釜炊き塩」) また、8月に北海道に行った時には、網走で「オホーツクの塩」を買ってきて、現在はこれを使っています。(下の写真)

ohotsuku.JPG特に「自分を変える最強の食事」では、著者は朝の起きぬけに水に溶かした小さじ1/2~1杯の海塩を摂ることで夜までのエネルギーを高くキープできている、と書かれています。私もさっそく試してみましたが、とてもいい感じです。ただし、これは通常の食塩でやってはダメです!。かならず「海塩」を使って下さい。

さて、食塩と海塩の違いはなんでしょうか?
日本では1971年まで伝統的な製法で塩が作られていましたが、1971から1972年にかけて塩を作るための施設が日本政府の方針で閉鎖になりました。これ以降、塩専売公社のみが塩を作って販売して良いことになりました。そして塩と言えば専売公社の作った、まったくミネラル分のない「精製塩」(純度99.9%)となりました。このNaClは、食品というよりは工業製品です。

海塩は、伝統的な塩田で天日干ししたり、平釜で海水を蒸発させたりして作ったもので、海水に含まれるマグネシウム、カリウム、カルシウム、ナトリウム、塩素、セレン、銅、亜鉛など必須ミネラルが含まれています。ミネラルの摂取はバランスが重要で、精製塩(食塩)だけを摂るとナトリウムとカリウムのバランスが崩れて高血圧などの病気の原因になります。

この本で白澤先生は、おすすめの海塩として「わじまの海塩」、「ひんぎゃの塩」を挙げています。いずれもマグネシウム、カルシウムが豊富だそうです。
私が試した、「宮古の塩」、「オホーツクの塩」、「通詞島の釜炊き塩」と比較してみましょう。

マグネシウム カルシウム
わじまの海塩 295mg 527mg
ひんぎゃの塩 2,000mg
宮古の塩 220mg 71mg
オホーツクの塩 600mg 510mg
通詞島の釜炊き塩 625mg 124mg
(いずれも100g当り)

このようなミネラル分を含んでいるため、なめてみると食塩の単なるしょっぱさではなく、まろやかでこくがあり、少し甘味を感じます。

「敵に塩を送る」という言葉があるように、塩は本来私たちが摂らなければ死んでしまうもので、過剰摂取はないそうです。海塩はマグネシウムを多く含むので、摂取しすぎると「えぐみ」を感じてそれ以上は食べたくなくなるし、仮にたくさん摂取したとしても水分さえきちんと摂っていれば余計な塩分は排出されるそうです。

白澤先生は、この本で一般に言われているような高血圧の原因など「塩が体に悪い」ことを裏付けるデータは1つもない、と書かれています。逆に、極端な減塩は体のだるさ、筋力、気力の低下、立ちくらみの原因になります。また塩が不足すると脳卒中、心筋梗塞などの病気の原因にもなるそうです。

先日、たまたま麻布十番を歩いていたら「塩屋」という塩専門のお店があり驚きました。(http://www.shop-ma-suya.jp/)中を覗いたら、日本中どころか世界中の塩を売っていました。それぞれの塩の味を確かめることもできるようです。私の使っている「オホーツクの塩」、「通詞島の釜炊き塩」も売っていました。お店の中を見て回るだけでも楽しめます。塩をトッピングするアイスクリームもイートインできるようです。
本物の塩を求める人が多いということですね。

健康に興味や心配がある人はぜひ読んで欲しい本です。

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能登わじまの海塩500g通詞島の釜炊き塩 400gオホーツクの塩 オホーツク海水100%青ヶ島の自然塩【ひんぎゃの塩】240g



「ブドウ糖を絶てばがん細胞は死滅する!」 福田一典著 を読む [健康]


ブドウ糖を絶てばがん細胞は死滅する!―今あるがんが消えていく『中鎖脂肪ケトン食』ブドウ糖を絶てばがん細胞は死滅する!← Kindle版です。


今回は、がんの治療に関する本です。

著者の福田一典氏は、1953年福岡県出身。熊本大学医学部を卒業後、米国バーモンド大学医学部生化学教室に留学し、がんの分子生物学的研究を行い、1992年から(株)ツムラ中央研究所研究部長(漢方薬理の研究)、1995年国立がんセンター研究所等を経て、2002年に銀座東京クリニックを開設し、がんの漢方治療と補完・代替医療を実践しています。

現在、1年間に70万人ががんと診断されていて、がんで死亡する人は35万人だそうです。つまりがんの治療率は5割を切っているそうです。一般にがんの治療の基本は小さい時に完全に切除することで、進行した状態ではがんの根治は困難と言われています。また、抗がん剤による治療は、正常細胞もダメージを受けるので健康な人でも耐えられないような副作用があることが問題となっています。

このブログでがんにはビタミンCが効くことを紹介しました。(「ビタミンCの大量摂取がカゼを防ぎ、がんに効く 生田哲著 を読む」http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2011-12-03
この本は、そのビタミンCの効果をさらに上げる方法を紹介しています。

この本の主張は、「がん細胞はブドウ糖を絶てば死滅する」ということです。

がんの民間治療として絶食療法は昔から知られていたようです。これは食事を制限した時に、人間の体は生命維持のためのエネルギ―供給(脳や心臓など重要な臓器)を優先するため、がん細胞に栄養が行かなくなるというロジックのようです。このブログでも紹介した石原結實先生は、がんは長年の高脂肪食の食べ過ぎによる血液の汚れが原因と主張されていますので、この絶食による血液の浄化、がん治療の効果は確かにあるように感じます。

この本によると、がん細胞はエネルギーとしてブドウ糖しか利用できないそうで、ブドウ糖を制限するとがん細胞が死滅するということです。最近ダイエットでよく行われている「糖質制限」を行うことで、体内に代替エネルギーとして脂肪酸が分解してできる「ケトン体」が造られます。体内の正常細胞は「ケトン体」を利用できますが、がん細胞はケトン体をエネルギーとして使うことができないので、痩せ衰えて行くそうです

そして、がん細胞の唯一のエネルギー源であるブドウ糖と構造が似ているのが、ビタミンCです。糖質制限を行っている状況でビタミンCを大量(25~100g)を点滴する治療を行うことで、がん細胞がビタミンCをブドウ糖と間違えて取り込みビタミンCが発生する過酸化水素によって死滅することになり、ビタミンC療法の効果が上がると言われています。

【私が愛用している仙台勝山館のMCTオイルです】
仙台勝山館 MCTオイル 360g <ココナッツベース100%>
この糖質制限は、1920年代に米国メイヨークリニックで「ケトン食療法」が発案され、この時は、90%以上のカロリーを脂肪から摂取していたそうです。1960年代には、中鎖脂肪酸によってケトン体の再生効率が上がったため、脂肪摂取割合は50%に下がったそうです。中鎖脂肪酸は、以前紹介した(究極のダイエット - 脂肪を摂るとやせる!  シリコンバレー式 「自分を変える最強の食事」を読む:http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2016-06-06)で書いたように、私もダイエットで利用しています。ココナッツオイルやMCTオイルを摂取することで、体内でケトン体を作ることができます。中鎖脂肪酸の良い所は、通常はブドウ糖が枯渇した時に生成されるケトン体がブドウ糖があっても生成されることです。(がん治療にはダメですが…。)
極端な糖質制限はいろいろな弊害もありますので、『シリコンバレー式 「自分を変える最強の食事」』では、必要な炭水化物も摂りつつ、ケトン体による脂肪燃焼効果を得るため、この中鎖脂肪酸を強力な武器としています。

しかし、このように昔から知られている有効で簡単ながん治療が、なぜ現在主流になっていないのでしょうか? やっぱり効果が無いんじゃない? とみなさん疑問に思うでしょうね。私もそう思いました。

いろいろな理由を考えてみましたが、やはり「医者や製薬会社が儲からないから」というのが大きな理由ではないでしょうか? 糖質制限、中鎖脂肪酸(ココナッツオイル、MCTオイル)、ビタミンCなどダイエットの延長でがんが治ってしまうと困る人たちが沢山いるのだと思います。(あくまでも私の意見ですので、ご自分で判断して下さい)

がんの多くは生活習慣病と言われています。健康的な食生活、日常生活を行うことで病気が治るというのは、至極当然ではないでしょうか?

この本の中には専門的な化学式が沢山出てきて読みにくい部分もありますが、健康に興味がある方にはお勧めの一冊です。

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やせる! 若返る! ケトン体食事法がんに効く食事 がんを悪くする食事医療大麻の真実  マリファナは難病を治す特効薬だった!恐怖 有毒ミネラルにあなたは殺される!―ガン専門医が、業界の圧力に屈せず、「緊急告発」 (危険警告Books)決定版!抗がんサプリメントの正しい選び方、使い方


大山倍達と力道山の伝説 「大山倍達正伝」 小島一志、塚本佳子著 を読む その2 [格闘技]


大山倍達正伝大山倍達正伝
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今回の本は、極真会館の大山倍達の隠された一生を解き明かしたもので、600ページ以上ある力作です。第一部は、生前の大山倍達を知らない塚本佳子氏が大山倍達の半生を描き、第ニ部では晩年の大山倍達と交流があった小島一志氏が小島氏の視点で空手家大山倍達を描いています。

本の帯には「資料500点、証言者300人余、渾身の取材で驚愕の真実続出!」と書かれています。小島氏の書かれた内容は、これまでの氏の本である程度書かれているのでそれほどインパクトはありませんが、第一部の塚本氏の内容が衝撃的です。生前の大山氏を知らない塚本氏だからこそ何の思い入れも込めず淡々と取材で得られた事実を記載しています。

①力道山との確執
以前、このブログで梶原一騎先生の「男の星座」を紹介しました。(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2013-09-04) 最近はKindle版で読めるようになりました。この作品で、梶原先生を取り巻く、太陽である力道山、月である大山倍達を軸に話が進んでいきます。
本篇は、昭和29年12月22日の東京蔵前国技館の力道山VS木村政彦の”プロレス巌流島の決闘”から始まります。ご存じのように力道山の裏切りによって木村が敗北した試合の後、力道山に喧嘩を売った大山倍達が登場します。この辺はおなじみのシーンですね。前半は、この力道山と大山倍達との交流を中心に描かれています。みなさんすでにご存じのように、この二人とも朝鮮半島から渡って来たという過去を持ちます。しかし、この「男の星座」では、力道山の過去は明らかにしていますが、大山倍達の過去に関しては描かれていません。この辺りは、まだ大山氏に対する遠慮があったのかも知れませんね。(上記ブログより)
いろいろな経緯があり喧嘩別れで極真会を離れた梶原先生も真樹先生も大山倍達が韓国出身だということに関しては一言も触れていません。これは、お二人の大山館長に対する最大限の配慮があったのだと思います。
一九五四年七月特別号の『オール讀物』(文藝春秋)において力道山と大山倍達の対談が行なわれた。「サムライ日本」というタイトル通りに、二人は終始日本人として振る舞い、最後まで朝鮮・韓国の話題に触れることはなかった。
この対談は、何かの特集で読んだ覚えがあります。この対談が後に二人が決定的に対立するきっかけになりました。この二人は、同じ半島出身ということで、以前から面識があったようです。二人とも半島出身であることを隠していたことは共通していますが、その徹底度合いがまったく違ったようです。力道山は、朝鮮訛りを徹底的に排除しましたが、大山倍達は五十年以上日本に住んでいたにもかかわらず韓国訛りの日本語を話していました。
しかし、力道山は大山とまったく正反対だった。彼は自らの出自の漏洩を避けることに神経を尖らせ続けた。その異常さゆえに、後年の力道山は精神的な病に冒されるほどだったと言われている。また、そんな彼の意識が自らの死期を早めた遠因であると語る関係者は少なくない。

その二人が冒頭に挙げた力道山と木村政彦との一戦の後に大山倍達が激怒し、力道山に挑戦状を叩きつけ、周囲の人たちに制止されると、その後力道山と一対一の勝負を付けるためにつけ狙ったことが大山倍達の本に書かれています。力道山対木村戦の時、大山倍達が力道山に挑戦したのは、力士出身の格闘技評論家である小島貞二氏の著書に書かれているので、本当だと思っていましたが、その後も力道山を付け狙ったというのは大山氏の本とそれをベースにした梶原先生の「空手バカ一代」に書かれているだけなので、正直言って疑っていました。しかし、本当の話だったようです。
その後も、大山は小島貞二や門茂男が言うように力道山を付け狙い続けた。一九五〇年代頃から大山と親交があり、町井久之のもとで活動していた秋元明は次のように証言する。「大山さんが力道山に挑戦状を突き付けて何度も試合を迫ったのは本当です。大山さんはマスコミの人たちに力道山と戦いたいと吹聴して回りました。それで、この話が大事になってしまったのです。
ただし、「空手バカ一代」を読むと兄と慕っていた木村政彦が力道山にやられたので、その仇打ちという意味付けで描かれていますが、実際の理由は異なるようです。前述の雑誌『オール讀物』での対談での腕相撲が原因とのことです。
すると大山さんの怒りはまだ収まっていないようで、『力道は絶対に許せん』と言い張るので驚きました。大山さんが言うには、ある雑誌の対談で力道山と会ったが、余興として最後に腕相撲をすることになったそうです。互いの立場を立てて引き分けにしようと申し合わせていたのに、記者が写真のシャッターを切る瞬間、突然力道山が猛烈な力を入れて大山さんは負けてしまいました。
つまり、兄と慕う木村政彦の仇打ちではなく、自分のメンツのために挑戦したというのが本当のようです。木村戦も大山倍達との腕相撲の話にしても、力道山があらかじめ決めていた約束を破って自分が勝つという汚いやり方をしたので、大山倍達が「力道山は許せん」となったということのようです。
それに対して周囲の人たちは、どう思っていたかと言うと、
正直、民団関係者のほとんどが実際に二人が戦えば確実に大山さんが勝つし、力道山はプロレスラーとして活動が出来なくなってしまうと信じていました。ただ、そうなると今度はプロレスを興行するヤクザ関係者まで巻き込んでしまいます。ヤクザと揉める方が問題だと小浪さんが言い出して、そこで小浪さんと町井先生と曺(寧柱)先生の間で相談し、何とかして二人を仲直りさせなければならないということになったのです(秋元明)
結局、大山倍達と力道山とのトラブルは、力道山の興行を仕切っている日本のヤクザと朝鮮の建青・民団などの抗争につながる可能性があったため、曺寧柱と町井久之が両者の間に入って必死に和解させたようです。力道山と木村政彦の世紀の一戦において力道山が裏切って勝利した時も木村の後援をしていた暴力団員が力道山をつけ狙ったそうですから、巨額のお金が動くプロの興行というのは複雑なものです。
ちなみに力道山は、ヤクザに対しては常に低姿勢だったそうです。
力道山はヤクザに対していつも低姿勢で媚びるようなところがありました。町井先生に対しても同様でした。
最強のステゴロと言われた花形敬の映画『疵』で「「力道山も恐れた男」として語り継がれる伝説の都会派ヤクザ」と宣伝されていましたが、力道山は花形に限らずヤクザに対しては低姿勢だったようですね。

②学歴詐称の件
大山倍達は、拓殖大学と早稲田大学に通ったことになっています。
大山が拓殖大学に入学したことを疑う人はほとんどいないが、早稲田大学への入学については大山特有の大言であると一笑に付す関係者は多い。
しかし実際には、拓大入学が嘘で早稲田大学への入学は事実だったそうです。普通に考えれば逆だろ? と思いますが、大山館長は武道家としては早稲田大学よりも木村政彦の通っていた拓殖大学の方がふさわしいと考えていたのかも知れません。

③佐藤栄作元首相との関係
大山館長の初期の頃の本を読むと佐藤栄作元首相の写真が出ていたので、子ども心にどのようなつながりがあるのか不思議に思っていました。大山館長は、毛利松平氏の紹介で佐藤大臣のボディーガードをやっていたそうです。
一九六一年、池田勇人内閣で通産大臣を務めた佐藤は念願の首相の座に向けて積極的な活動を開始する。その際、大山は佐藤のボディガードを務めたと言われている。「毛利松平氏の紹介だったということですが、大山さんは一九六〇年代初期、佐藤栄作氏のボディガードをやっていました。それは間違いありません。それで、当時のお金で五百万円以上を極真会のビル建設資金としてもらったと聞いています」(鄭達鉉談)

④真樹先生の『大山倍達との日々』への対策に関して
このブログでも紹介した真樹先生の『大山倍達との日々』(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2010-03-20) に対して、やはり大山館長は激怒していたようです。館長は、小島氏に真樹先生の本に対する反論の本を書かせようと考えていたようですが、小島氏は固辞しました。
「真樹の本に私自身が反論するのは大人気ない。だから、これは私以外の人間が書いた形にしなければならない。そこで小島にその本を書いて欲しいんだ」
私には大山の申し出を受ける気持ちは最初からなかった。私が著者となる書籍で、たとえ大山とはいえ他人の意向に則った幇間のようなものは書きたくなかったからだ。しばらく考えるふりをした後、私は婉曲に断った。大山の再三の要請にも私は首を縦に振らなかった。大山は怒りながらも最後には諦めた様子で、「私の命令を正面から断ったのは芦原(英幸)と小島だけだよ」とこぼし、「それじゃあ、他に誰か書き手はいないかね?」と訊いてきた。
この時、小島氏は郷田勇三氏を推薦したそうですが、結局は当時館長の秘書業務を行っていた北海道支部長の高木先生が書かされることになったようです。

大山倍達、極真会館に興味がある方には必読の書だと思います。

大山倍達については、以下もご覧ください。
・大山倍達の偶像崩壊! 「添野義二 極真鎮魂歌: 大山倍達外伝」 小島一志著 を読む 
・大山倍達と民族運動 「大山倍達正伝」 小島一志、塚本佳子著 を読む その1
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1
・極真会館はなぜ分裂したのか? 大山倍達の遺言 小島一志、塚本佳子著 を読む
・笹川良一氏と大山館長の生き方について 悪名の棺 笹川良一伝
・日本の空手界を変えた名著! 「空手バカ一代」を読みなおす 
・ケンカ道 その”究極の秘技”を探る 篠原勝之著
・空手超バカ一代  石井和義著

真樹先生の本です。
・時代が梶原先生を求めている! 「兄貴」 梶原一騎の夢の残骸
・真樹先生のすてごろ人生! すてごろ懺悔
・マッキーの最新作! 「哀しき空手王」
・真樹日佐夫の百花繚乱交遊録
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1

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芦原英幸正伝大山倍達の遺言極真空手 黒沢浩樹-最後の超人伝説芦原英幸伝 我が父、その魂芦原英幸正伝格闘家に告ぐ!実戦格闘技論
最強格闘技論(リアルバトロジー)

大山倍達と民族運動 「大山倍達正伝」 小島一志、塚本佳子著 を読む その1 [格闘技]


大山倍達正伝大山倍達正伝
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今回の本は、極真会館の大山倍達の隠された一生を解き明かしたもので、600ページ以上ある力作です。第一部は、生前の大山倍達を知らない塚本佳子氏が大山倍達の半生を描き、第ニ部では晩年の大山倍達と交流があった小島一志氏が小島氏の視点で空手家大山倍達を描いています。

本の帯には「資料500点、証言者300人余、渾身の取材で驚愕の真実続出!」と書かれています。小島氏の書かれた内容は、これまでの氏の本である程度書かれているのでそれほどインパクトはありませんが、第一部の塚本氏の内容が衝撃的です。生前の大山氏を知らない塚本氏だからこそ何の思い入れも込めず淡々と取材で得られた事実を記載しています。

私のように昭和30年代に生れた男たちは、梶原一騎先生原作の「空手バカ一代」に多大な影響を受けてきました。そして、私を含めて多くの人たちは大山倍達にあこがれて、極真会館に入門して空手を学んだと思います。私にとって大山倍達は神のような存在でした。現在では、内容の多くの部分が梶原先生の創作によるものだということが通説になっていますが、その当時は考えもしませんでした。

そして、中学生になると漫画だけではなく、大山倍達に関する本をかたっぱしから読んでさらに大山館長へのあこがれを強くしていきました。しかし大山館長の本を読んで行くうちに子ども心にもいくつかの疑問が湧いてきました。それは、「なぜ本によってこんなに文体が異なるんだろう?」ということです。これは、今考えると何人かのゴーストライターが書いているのだから当り前なのですが、その当時の中学生には理解できないことでした。(真樹日佐夫先生も何作か書いていました)

その他にも気になった(違和感を感じた)点がいくつかありました。
①大山館長は石原莞爾の主催する東亜連盟に加わっていると本に書いてあること。空手と関係があるのだろうか?
②「日本人たるものかくあるべし」とか「日本男児として云々」ということが必要以上に強調されていること。おそらく大山館長はそれほど日本を、日本人を愛しているのだろう...。

この2点に関しては、その後ずっと気になっていましたが、今回紹介する本を読んでようやく納得できました。大山館長の伝説はほとんど梶原先生が創作したような言われ方をしていますが、それがまったく間違いであることが分かります。
大山倍達の人生を辿った私たちの「旅」は、ある意味で巷間に知られる「大山倍達伝説」の反証の連続だった。「伝説」のなかで描かれる大山倍達の姿は、ほとんどが「虚像」だったのである。
 大山は一九五〇年代初頭から、メディアを利用することで「空手家・大山倍達」の偶像化を試み始めた。同時に、大山は自らの手によって、現在も語り継がれている「大山倍達伝説」を創作した

大山倍達は、日本統治時代の朝鮮(現韓国)で生れた「崔永宜」であり、厳格な親に反発して勘当されて日本に渡り「空手家・大山倍達」として大成します。大山館長が韓国人であることは、もうすでに周知の事実であると思いますが、その半生を朝鮮の民族運動にささげていたことはこの本で初めて明らかになりました。そしてその民族運動に関わったのは、大山氏の師匠である曺寧柱の影響でした。
大山倍達を語るとき、避けることの出来ない存在が曺寧柱であることはいまさら言うまでもない。だが、「大山倍達伝説」関連の視点で捉える曺の姿は、多分に「空手家」としてのイメージが強い。しかし、曺の真の姿は「空手家」としてより、むしろ「民族運動家」にこそある。

そして、曺寧柱は、「五族協栄」「民族協和」による民主的な国家運営をするという石原莞爾の思想に影響を受け、熱心な信奉者となります。石原は戦後地元の酒田で病気の療養をしていましたが、GHQにより呼び出されて酒田法廷で証言をします。この時に石原を乗せたリヤカーを引いていた若者の一人が大山倍達であったこと初めて知りました。
しかし、大山倍達には曺寧柱のような思想はありませんでした。
大山には決して民族主義者のような思想もなく、朝連と対決しなければならないイデオロギーもなかった。ただ戦うことに酔っていた。一度に何人を倒せるのか、どの技が敵を倒すために有効なのか……。それだけが大山を朝連との抗争に駆り立てた唯一の理由だった

その当時、在日朝鮮人の民族団体は、共産主義革命を主張し政治的色合いの濃い「在日朝鮮人連盟(朝連)」と民主主義の立場から朝鮮人自身の手で朝鮮建国を目指す「在日朝鮮建国促進青年同盟(建青)」および「在日本朝鮮居留民団(民団)」が対立していて激しい抗争を繰り返していました。
朝連と建青・民団はことあるごとに衝突した。それは「殲滅戦」と言ってもいいほど、徹底した暴力による抗争だった。双方数百人におよぶ激闘に発展することもしばしばで、棍棒や刃物などの携帯は当たり前、ときには拳銃やライフルなどの銃器さえ使われた。もちろん抗争による死傷者は続出し、それは現在、私たちが映画などで観る「暴力団同士の抗争」を遥かに凌ぐ過激さだった。そんな抗争劇が数年間続いたのである。

そのような状況の中、建青のメンバーとして、建青を守るという大義名分を得た大山氏は戦闘隊長としてボクシングや空手を使って自ら抗争に明け暮れ、朝連を相手に戦うこと自体に喜びを感じていました。
前日、MPの出動によって攻撃を阻止された朝連は、建青の完全な殲滅を画策し、百五十名にもおよぶ青年隊を送り込んだ。大山たち応援隊がきたとはいえ、対する建青は朝連の三分の一に満たない五十名程度で応戦することを余儀なくされた。(中略)
大山は意気揚々と朝連青年隊に対峙した。ボクシング、空手で鍛え上げた大山の強さを知らない青年隊は、一斉に大山に殴りかかってきた。なかには棍棒や鉄パイプを持った者たちもいた。ところが、大山は相手の攻撃をものともせず、次から次へと朝連青年隊を殴り倒していった。大山にはもはや武器も通じなかった。この乱闘事件で、大山は数十名の朝連の青年隊員に重傷を負わせることになる。

この時、大山氏は同じ在日朝鮮人である東声会の町井久之と一緒に戦い、その後も交流を持っていました。大山倍達伝説の一つの「戦後ヤクザの用心棒をしていた」という話がありますが、当時は朝鮮人と日本人ヤクザとは敵対していたため、日本のヤクザの用心棒をする可能性は低く、これは町井との関係のことを言っているようです。
朝連との抗争で、町井一派と大山さんが一緒に出ていくと、それだけで朝連は総崩れでした。戦う前に相手は怯んでしまうんです。朝連にとっては大山さんと町井さんの二人が目の上のタンコブだったんです。大山さんと町井さんが朝連の本部に乗り込んでいって、道場破りのように朝連の看板を持ち帰ってきたこともあったくらいです」(鄭達鉉談)

大東亜戦争中は、日本人に同化し、日本人として一緒に戦っていた朝鮮人ですが、終戦後は戦勝国でも敗戦国でもない第三国人として無法の限りを尽くしました。
終戦当時、集団で大手を振る朝鮮人と正面からわたり合えたのは日本人ヤクザや愚連隊だけだった。後に日本最大の広域暴力団・山口組三代目組長となる田岡一雄は、『山口組三代目 田岡一雄自伝〈電撃篇〉』(徳間書店)のなかで次のように記している。《現在ではとうてい考えられぬことであるが、当時はそれほど警察は三国人に対して無力だったのである。三国人の暴虐非道に対して身を挺して楯となり、防波堤となったのは全国のやくざであった。(中略)われわれが率先して治安を守らなければならぬ時代だったのだ》
大山が渡日してから死去するまでの五十数年間のうち、最も「朝鮮人」「韓国人」らしく生きていた時代だ。同時に、自らを日本人として描いた「大山倍達伝説」においては、何よりも隠蔽したい時代でもある。また、皮肉にもこの時代があったからこそ「大山倍達伝説」は生まれたとも言える。何故なら、大山にとっての民族運動は「空手修行」と直結していたからだ。

このような時代に、大山倍達は朝連との抗争という大義名分を得、生き生きと自らの強さを追求していたのです。

まだまだ書きたい内容がありますので次に書きます。

大山倍達については、以下もご覧ください。
・大山倍達の偶像崩壊! 「添野義二 極真鎮魂歌: 大山倍達外伝」 小島一志著 を読む 
・大山倍達と力道山の伝説 「大山倍達正伝」 小島一志、塚本佳子著 を読む その2
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1
・極真会館はなぜ分裂したのか? 大山倍達の遺言 小島一志、塚本佳子著 を読む
・笹川良一氏と大山館長の生き方について 悪名の棺 笹川良一伝
・日本の空手界を変えた名著! 「空手バカ一代」を読みなおす 
・ケンカ道 その”究極の秘技”を探る 篠原勝之著
・空手超バカ一代  石井和義著

真樹先生の本です。
・時代が梶原先生を求めている! 「兄貴」 梶原一騎の夢の残骸
・真樹先生のすてごろ人生! すてごろ懺悔
・マッキーの最新作! 「哀しき空手王」
・真樹日佐夫の百花繚乱交遊録
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1

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大日本帝国を滅ぼしたのは、近衛文麿だ! 「嘘だらけの日中近現代史」 倉山満著 を読む その3 [歴史の真実・陰謀論]

嘘だらけの日中近現代史 (扶桑社新書)


最近、精力的に正しい歴史を啓蒙している、倉山満先生の本です。
私も歴史は好きですが、大正―昭和の時代に関しては今一つ理解できないことが多かったのですが、倉山氏の本を読むとすっきりと腹に落ちてきました。



前回の満洲事変から日本は、中国大陸での関東軍の軍事行動が続き、盧溝橋事件をきっかけとして支那事変の泥沼に引きずり込まれてしまいます。その原因ですが、今回は結論から書きましょう。
断言します。大日本帝国を滅ぼしたのは、近衛文麿とその側近たちです彼らが中華民国との泥沼の戦いに日本を引きずり込み、それだけでは飽き足らずに対米開戦を仕組んだのです。(下線は引用者、以下も同様)

それでは、近衛文麿の経歴と功績を書いてみましょう。
◆皇別摂家(近衛家・一条家・鷹司家)の出身。(つまり天皇家の血筋が入っている)
◆45歳で首相になり、治安維持法違反の共産党員や二・二六事件の逮捕・服役者を大赦しようと主張し、周囲を驚愕させた。
◆盧溝橋事件で、戦線の拡大を渋る参謀本部に圧力をかけて強硬路線を進め支那事変を拡大させた
◆「支那事変中は発動しない」と約束して国家総動員法を公布し、一ヶ月後に施行した。
日独伊三国同盟を締結して大政翼賛会を発足させた。
◆近衛の側近である尾崎秀実がゾルゲ事件(ソ連のスパイのゾルゲに情報を流していた)で捕り総辞職した。

これを見ると、私たちが教科書で戦前の昭和の歴史の中で習う重要フレーズは、ほとんど近衛文麿がやっていたことが分かります。そして、近衛は日米関係修復の選択肢がほとんどない状況で東條英機にバトンタッチします。そのため、大東亜戦争の戦争責任はイメージ的には東條英機がほとんど一人で引き受けている状況です。東條さんとしても、恨んでも恨みきれないでしょうね。
ハリウッド映画「終戦のエンペラー」(2013年)で、GHQの担当者が東條英機に対して天皇の戦争責任について「3名の証人が必要だ」という要求に対して、ただ一人近衛文麿の名前を示すシーンがあり、とても印象的でした。

話を盧溝橋事件に戻します。
1937年(昭和12年)7月7日、北平(北京の当時の名称)郊外の盧溝橋で夜間軍事演習中の日本軍が銃撃されました。ここに日本軍がいるのは、北清事変後に結ばれた北京議定書で駐屯する権利が認められたからです。在日米軍が日本にいるのと同じ条約上の権利です。
盧溝橋事件の真相は今でもよくわからないのですが、確実に言えるのは日本陸軍には中国と戦う意思がまったくなかったということです。この時点で陸軍参謀総長は宮さまで儀礼的な存在、しかもたまたま参謀次長と現地駐屯軍司令官がそろって危篤です。(引用者注:つまりこの時点で、戦闘領域を広げた場合に責任を取れる人がいなかった)
参謀本部第一部長には満洲事変で名を馳せた石原莞爾がいましたが、石原は「満洲国養成に専念すべき」「ソ連への警戒に専念すべき」「大陸で戦うよりは居留民を引き上げて補償金を払ったほうが安上がり」「満洲を獲った以上は大陸本土に深入りする理由はなく、むしろ長期的には蒋介石政権と提携して大陸の安定を図ったほうが日本の国益になる」という理由で、国民党政府との戦いには絶対反対なのです。

しかし、中国には国民党政府の他に、中国共産党が存在し、日本と蒋介石を戦わせようとしていました。
廊坊事件、広安門事件と北京周辺で日本軍への襲撃事件は続き、7月29日には200人以上の日本人居留民が虐殺された通州事件が発生します。女性は輪姦されたうえ、四肢を切断されて殺され、しかも別の兵士に死姦されるという常軌を逸した虐殺です。こうした事実が報道されるや、日ごろからただでさえ中国に反感を抱いていた世論は止まらなくなり、「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」が合言葉となります。「今こそ凶暴なシナ人に制裁を加えろ」というわけです。石原莞爾のような冷静な意見は通らなくなります。

最近のシリア情勢やフランスでのテロをニュースを聞くと、この支那事変の時の日本人の被害を思い出します。現在の私たちは、海外居住の日本人が通州事件のような悲惨な仕打ちを受けた場合、冷静に判断できるでしょうか?
そこに近衛文麿首相が戦いを嫌がる参謀本部に対して「世論がこんなに怒っているのに、なぜ参謀本部は戦おうとしないのだ」と圧力をかけます。部長と首相では勝負になりません。総理大臣が本気で「やれ」と命令してきたことに対して逆らえる公務員などまずいないのです。しかも、近衛の背後には世論の圧倒的支持があります

これ以降、日本軍は8年間支那事変を戦い続けることになります。私たちは、その大きな原因は軍部の独走では無かったことを認識すべきです。
なぜこのような事になったしまったのでしょうか。
現在では、日本の近衛文麿とアメリカのF・ルーズベルトの両方の取り巻きには、ソ連の独裁者スターリンのスパイが大量に潜り込んでいたことが明らかになっています。
日本としては石原莞爾の主張するようにソ連の南下に備えて、日本との緩衝地帯である満洲を守っていれば良かったのです。しかし、スターリンとしては日本の脅威がソ連に向かないように、支那事変をしかけ、近衛を使って日本軍を南下させて、蒋介石と日本軍が共倒れになることを狙ったのです。
結果はその通りになりました。8年間におよぶ日本軍との戦いで疲弊した蒋介石は共産党の毛沢東に敗れ、日本はアメリカに敗れてしまいました。そして、アメリカはドイツと日本に勝利して世界は平和になると思っていましたが、気が付くとアジアは共産主義で真っ赤になっていました。そのため、朝鮮戦争でソ連・中国による共産主義の南下を防ぐために戦う事になります。

フランスでのテロ、トルコでのクーデターなどヨーロッパでは危ない雰囲気が漂っています。さらに中国は、自分の国の領土拡大の行動が今まで以上に露骨になっています。

過去の日本の歴史をきちんと正確に学び、日本の進むべき道を冷静に考えて対処することが、今まで以上に重要な時期だと思います。過去の戦争では、朝日新聞などの大手メディアが国民感情を煽り、国民を戦争の道へと引きずり込んだことが分かっています。そのようにメディアに乗せられたことに反省し、報道内容、ネット情報の真贋を冷静に判断することが最も重要な事だと思います。

「嘘だらけの日中近現代史」に関しては、以下もご覧ください。
・中国五千年のプロパガンダを暴く!「嘘だらけの日中近現代史」 倉山満著 を読む その1
・満洲事変は侵略ではない! 「嘘だらけの日中近現代史」 倉山満著 を読む その2

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満洲事変は侵略ではない! 「嘘だらけの日中近現代史」 倉山満著 を読む その2 [歴史の真実・陰謀論]

嘘だらけの日中近現代史 (扶桑社新書)


最近、精力的に正しい歴史を啓蒙している、倉山満先生の本です。
私も歴史は好きですが、大正―昭和の時代に関しては今一つ理解できないことが多かったのですが、倉山氏の本を読むとすっきりと腹に落ちてきました。



以前、倉山先生の本については、『負けるはずがなかった!「大東亜戦争」倉山満著』で、
ソ連との片手間の中国との片手間のイギリスとの片手間に、アメリカの喧嘩を買った日本」というフレーズを紹介しましたが、その中国との闘いの発端となった満洲事変(“州”ではなく“洲”が正しい)について書きます。満洲事変に関しては、保守論者の中にも「満洲事変は言いわけのできない日本の自作自演の侵略」との評価がされることが多いですが、実際にはどうだったのでしょうか?

満洲事変は1931(昭和6)年に奉天郊外で起きた柳条湖事件に端を発します。通説では、戦前の昭和の時代は、「議会政治が弱体化して軍部が台頭し、テロが多発した暗い時代」となっており、私もそうイメージを持っていました。しかし、実際には大正末期から昭和7年まで明治憲法下で憲政会と政友党が交互に政権を担当する「憲政の常道」が機能しており最も政党政治が強力な時代で、軍縮傾向の状況で陸軍や海軍の立場は弱く、大蔵省から予算を取るために四苦八苦していました。しかも長引くデフレ不況、政治の腐敗が続き、無策な政府に対する国民の不満が溜まっていました。

当時の中国は、1912年に辛亥革命で満州族の清朝が滅亡しましたが、それに代わって国を統一できる政府がなく各地域の軍閥が跋扈する国として統制が取れていない状況でした。(倉山先生に言わせると「無法地帯」) 前回書いたように、清国は満州民族による征服王朝ですから、満洲は清の領域に入っていました。しかし、その前の漢民族の王朝である明国時代は、領土は万里の長城内だけであり、それより外は未開で野蛮な「化外の地」でした。ですので、(満洲 = 中国の領土)ではありません。基本的には満洲は満州族のものですが、日清、日露戦争を経て満洲の北はロシアが勢力を持ち、南は日本が満州鉄道を警備するための関東軍の駐留の権益を得ていました。

その当時、満洲地方は軍閥の張学良が支配していましたが、非常に治安が悪く、その地域に住んでいた日本人居留民(その多くは朝鮮人)が被害を受ける事が多く、その度に関東軍が出兵して救援していましたが、対中関係を重視している政府は根本的な対策を打たなかったため、現場の兵士の不満は溜まっていきました。そしてついに、石原莞爾中佐を中心とする関東軍の謀略により、満洲事変が起こされました。
関東軍の工作対は列車通過直前に線路を爆破し、しかもそのまま通過できるような爆破具合だったので、死傷者ゼロだったという、神業的な自作自演テロでした。
これが道徳的に問題だというなら、中国大陸では一瞬たりとも生きていけないでしょう。
しかし、他国に対する侵略は国際法違反ではないのか? という疑問がわきますが...。
では「侵攻」とはどういう意味でしょうか。「先に手を出すこと」でも「先制武力攻撃」を仕掛けることでもありません。「挑発もされないのに、先に攻撃を仕掛けること」です。大事なのは「挑発」の有無です。
本章を読んできた方で、中華民国(あるいは満洲の張学良)が日本に対して一切の挑発をしていないと証明できる方がいるでしょうか。
当時の国際法では、当時の満洲のように無法地帯(国際法用語では「無主の地」)を獲得しても侵略にはならず、合法であったとのことです。

そして、石原莞爾の天才的な軍事作戦によって、わずか1万6千名程度の出先機関でしかなかった関東軍で30万人以上いたと言われている張学良軍を制圧することができました。しかし、国際法にも違反せず、軍事的には完勝と言える状況にもかかわらず、日本は世界から侵略者として糾弾されることになりました。私たちは、その点を反省すべきだと思います。

さて、当時の状況を時系列でまとめてみましょう。
①第一次世界大戦後アジア太平洋における日本以外の大国は米英ソであるが、当時の日本は軍事強国であり、日本の安全を脅かす国は無かった。
②日本国内では、大正デモクラシーの潮流の中で政党政治が力を持ち陸海軍の地位は低下していた。政党の権力は頂点に達し、衆議院二大政党が内閣を組織する「憲政の常道」が確立し、陸海軍ともに高官たちは出世のために二大政党に取り入る風潮がはびこった。
③政友会の田中義一首相兼外相の時、中国国内は、張作霖と蒋介石の抗争で内乱状態(無法地帯)であり、日本人居留民保護のために出兵を繰り返した。
④満洲の駐屯軍である関東軍が張作霖を暗殺した。本来、軍隊の規律を保つために責任者を死刑にすべきだったが、田中首相は決断できず河本大作大佐を護衛失敗の理由で処分しただけで済ませ、それが原因で総辞職した。
⑤当時満洲を拠点としていた張学良軍は日本人居留民に対して非人道的行為を繰り返しており、その度に関東軍が戦闘行為を繰り返していた。
⑥それに対して日本政府は中国との関係を重視し、しかるべき抗議を行わなかった。
⑦関東軍の石原莞爾大佐が柳条湖事件を主導し、約1万人程度の関東軍で約50倍の張学良軍を撃破し、満洲を制圧した。これに対して国内世論が支持した
⑧政府は対外的に、不拡大方針を出し、参謀総長が関東軍に対して撤退命令を出した。これにより、国際連盟は、日本に対して満洲での「匪賊討伐権」を容認した
⑨しかし同日、日本で政変が起きて犬養毅内閣に代わり外相も代わり、関東軍と対立した。
⑩翌年、関東軍は溥儀を立てて満洲国を建国するが、犬養内閣はこれを承認しなかった。
⑪上海事変に対して陸海軍は共同して対処し、中国政府と和議にこぎつけるが、その10日後、5.15事件で犬養首相が暗殺される
⑫犬養内閣に代わって斉藤実海軍大将が総理になり、満洲国を承認する。国際連盟は満洲の実態を把握するためにリットン調査団が派遣される
⑬リントン調査団はリットン報告書をまとめ、満洲国は承認しないが、満洲における日本の権益は容認した。(イギリスが何とかひねり出した妥協案で、中国には花を持たせ、日本に実を取らせた)
⑭しかし朝日新聞を筆頭とする日本のマスコミはこの報告書を反日文書だと糾弾し、世論を煽った。ポピュリズムに流された政府は、リットンと国際連盟を敵視した
⑮1933年、政府はリットン報告書が採択された場合の国際連盟脱退を閣議決定した。溥儀など満洲人の要望により、関東軍が熱河に軍事作戦を展開して国際連盟との関係をさらに悪化させた
国際連盟はリットン報告書を採択し、日本は連盟を脱退した

以上の状況をさらに大ざっぱにまとめると以下のようになります。(もちろん異論はあるでしょうが...笑)
●日本は朝鮮人居留民保護のために満洲事変を起こした。
●民衆は朝日新聞などマスコミの煽りで親日文書であるリットン報告書、国際連盟を憎悪した。
●日本は満洲人の溥儀のために国際連盟と敵対し、脱退した。

何と、日本は朝鮮人と満洲人のために世界を敵に回して戦争を開始した事になります
(- -;

特に、リットン報告書に対する正確な理解ができていなかったことが致命的ですね。この辺りも現在の私たちが注意すべき事だと思います。今でも、政府の政策に対して「◎◎法案絶対反対」などとレッテル張りしたプロパガンダ報道が大きくされていますからね。自分でも内容をきちんと把握して判断すべきだと思います。

もう一つ満洲事変での反省点は中国のプロパガンダに対する対応です。
満洲事変期における中国のプロパガンダは世界史に残る傑作でしょう。何しろ、軍事的には全戦全敗でありながら、口先だけで状況をひっくり返したのですから。(中略)
満洲事変が起こるや、「古い封建的軍事主義の日本が、若い成長期の民主主義国家である中国を侵略している」といった類の宣伝がばら撒かれました。これを知っていながら外務省は一笑に付したので宣伝戦でやりたい放題やられました。現に当時のアメリカ世論は信じてしまったのですから、「こんなデタラメを信じるバカはいないはずだ」では通らないのです。明らかに国益を損ねました。
もし、ここで日本がまともに国策を統一し諸外国に真っ当な説明をしていれば、中国は世界の嫌われ者として放逐されていたでしょう。
ところが、時の外相である幣原喜重郎の宣伝に対するすさまじい発言が残っています。(中略)要するに、何も言わなくても日ごろの行いがいいのでみんながわかってくれるという態度です。
残念ながら国際社会はそんなに甘くないですし、中国人のプロパガンダ能力をナメすぎです
中国のやり方は今でも同じパターンの繰り返しですから日本はこれを反省し、現在の中国のプロパガンダに対しては、バカバカしいと思わず必ずきちんと世界に対して反論しなければなりません。(反論しないと認めたことになる)

中国は、満洲国を「偽満州国」と呼び、日本の傀儡政権であると非難しています。
満洲国は日本がでっち上げた傀儡国家だ、というのは決まり文句です。だったら、アメリカは21世紀になってもアフガニスタンやイラクで同じことをしています。ロシアもグルジアからアブハジア切り離し、独立国を名乗らせています。ベルギーだってもとはといえばイギリスの都合でできた国ですし、バングラディシュはインドがパキスタンから分離独立させて創った国です。満洲国だけを「傀儡」だのなんだのと批判するのはどういう了見なのでしょうか。

最後に、1930年代以降の日本は、ファシズム国家であったと言われていますが、倉山先生は「ファシズムにも軍国主義にもなれなかった。国家が一丸となって真面目に戦争しなかった」から負けたのだと書いています。
もう一つ、当時の日本を軍国主義と呼ぶのも褒めすぎです。軍国主義とは「国策の最優先事項に軍事を据えること」です。誰がそんなことをできたのでしょうか。(中略)昭和日本の悲劇は、軍国主義に走ったことではなく、軍国主義になれなかったことです
第二次世界大戦を戦った大国は1933年から45年まで一人の独裁者が政治を指導しています。ソ連のスターリンやドイツのヒトラーは言うに及ばず、民主国のはずのアメリカでもF・ルーズベルトが死ぬまで大統領でした。(中略)
日本だけはこの十三年間に十三代の内閣で十一人の総理大臣が交代しています英米ですら独裁者に匹敵する指導者を選んで戦争を行おうとしている時代に、日本政治は不まじめすぎたというべきです

思い返せば、小泉首相以降、第1次安倍内閣から第2次安倍内閣までの間、民主党を含めて毎年のように総理が変わり、まともな政策を打ちだすことができませんでした。日本は同じような政治状況の中で、中国大陸での泥沼の戦争、大東亜戦争を戦っていたわけです。確かにあのような政治状況ではまともに戦えるわけがありません。

しかも最初に書いたように、満洲事変当時は、「長引くデフレ不況、政治の腐敗が続き、無策な政府に対する国民の不満が溜まっていた」という状況に加え、当時の幣原喜重郎外相は極端な親中で、満洲で居留民に被害が発生しても日中友好の観点から何も言わないという対応です。
まるで、反日デモで日本人の店舗が破壊され、略奪されても何の抗議もしなかった、少し前の民主党政権時代そのものではありませんか!
戦争というのは、このような状況の時に起こるんだというのが理解できますね。安倍首相が、まずはデフレ不況の脱却を第一に掲げたことは非常に重要なことだと思います。

満洲事変だけで長くなってしまいました。
それ以降に関しては、気力が続けばまた書きます。(^^)

「嘘だらけの日中近現代史」に関しては、以下もご覧ください。
・中国五千年のプロパガンダを暴く!「嘘だらけの日中近現代史」 倉山満著 を読む その1
・大日本帝国を滅ぼしたのは、近衛文麿だ! 「嘘だらけの日中近現代史」 倉山満著 を読む その3

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中国五千年のプロパガンダを暴く!「嘘だらけの日中近現代史」 倉山満著 を読む その1 [歴史の真実・陰謀論]

嘘だらけの日中近現代史 (扶桑社新書)


最近、精力的に正しい歴史を啓蒙している、倉山満先生の本です。
私も歴史は好きですが、大正―昭和の時代に関しては今一つ理解できないことが多かったのですが、倉山氏の本を読むとすっきりと腹に落ちてきました。



今回は、困ったお隣の国、中国の話です。

倉山先生は、最初に断言します。
まず、中国に「近代」などありません。あるのは、独裁の古代と殺戮の中世だけです。中国大陸では古代と中世が繰り返されてきただけで、中国はいまだに近代国家ではないのです。
そう言われると納得できる部分が多いです。(^^)
中国の歴史は、以下のパターンの繰り返しが続いているだけだとのことです。
①新王朝、成立

②功臣の粛清

③対外侵略戦争

④漢字の一斉改変と改竄歴史書の作成

⑤閨閥、宦官、官僚など皇帝側近の跳梁

⑥秘密結社の乱立と農民反乱の全国化

⑦地方軍閥の中央侵入

⑧①へ戻る
このパターンは、20世紀の毛沢東以降も続いているとのことです。

この中で、日本人と一番違うのは、②功臣の粛清ではないでしょうか?
新しい王朝を打ち建てた皇帝がまっ先にすることは、功臣の粛清です。それまでの功労者を殺すのです。しかも一族皆殺しです。なぜならば、自分の地位を脅かす能力があるからです。
日本だと、自分が偉くなったら、自分に尽くしてくれた腹心の部下を重用して大事にしますが、中国ではまったく思想が違います。
「これまで一緒に苦労してきた仲ではないか」といった人情をあてにしたら、中国大陸では生き残れません。
恐ろしい世界ですね。日本人は、どうしても「同じ人間なのだからいつかは分かりあえる」と考えてしまいますが、中国人には(韓国人もか?)、まったくあてはまらないようですね。そのような自分勝手な理屈を考えの違う国民に期待してはいけないということでしょうね。

特に、毛沢東は究極の中華皇帝だということです。彼は、①中華人民共和国という帝国を起こすと、順調に②中国共産党、紅軍の歴戦の闘士を粛清し、③朝鮮戦争で対外侵略を行いました。そして、④漢字を簡体字に変更しました。改竄歴史書は今作っているようです。(^^) この流れを見て行くと今後中国がどうなるか興味深いですね。
1957年11月、恐怖政治をしている独裁者がモスクワに集まった共産主義国サミットで「核戦争を起こそう! 人類の三分の一か半分が死ぬことは世界にとっていいことなのだ!」などと嬉々として提案し、出席者全員を唖然とさせという世界最“恐”の独裁者が毛沢東です。ソ連のフルシチョフは「絶対に中国に核武装させてはならない」と決意しました。
彼の言った「自分は始皇帝より多くの人を殺しているから偉い」、「一億死んでもまだ十億」という名言は有名ですよね。

そして、よく言われる「中国五千年の歴史」に関してです。
一九四九年に成立したこの国は、たかだか建国六十年です。よく「中国何千年の歴史」などと言われますが、それは「支那(チャイナ)大陸」という土地に人が住んでいたという記録が何千年か残っている、くらいの意味でしかありません。
ある程度馴染みのある中国の王朝を書いてみます。この中で、青字+太字で示したのが、いわゆる漢民族の王朝です。それ以外の王朝は、北方民族などに征服された王朝や一つの王朝としてまとまっていない国です。

夏(紀元前2070年頃 - 紀元前1600年頃)

|(略)

前漢(西漢、紀元前206年 - 8年)
|(略)
後漢(東漢、25年 - 220年

|(略)

隋(581年 - 618年)
唐(618年 - 907年)
五代十国時代(907年 - 960年)
北宋(960年 - 1127年)
南宋(1127年 - 1279年)
元(1271年 - 1368年)
(1368年 - 1644年)
清(1616年 - 1912年)

つまり、明以前の漢民族による王朝は、1,000年以上前の後漢まで遡る必要があるわけです。これでは、漢民族の王朝である中国という国の連続性があるとは思えません。私は遣隋使や遣唐使で知られている随や唐は漢民族の王朝だと思っていましたが、北方の鮮卑族の王朝だそうです。いかに中国に関する知識が無かったかが分かりますね。まあ、学校ではそのよう事は教えてくれないのでしょうがありませんが...。
これを見るだけで「中国五千年の歴史の嘘」が分かりますね。

くれぐれも中国のプロパガンダに騙されないようにしましょう。

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200万アクセス、ありがとうございます!

気がついたら200万アクセスを超えていました! いつもいつも訪問頂きありがとうございます。
2009年7月から始めたブログですが、2013年11月に100万アクセスを超え、2016年6月に200万アクセスを超えることができました。

ブログ開始以来、週1回程度しか更新できていませんし、あまり宣伝も行っていないので本当にみなさんのおかげです。このブログは、検索エンジンから来訪される方(So-net以外の方)が多いので、アクセス数の割にNice!が少ないのが特徴ですね。(^^)

現状の当ブログのベスト20です。
相変わらず「あさま山荘」関連のアクセスが多いですね。また、今年の4月に熊本で大地震があったので、東日本大震災関連の記事もアクセス数が増えていました。
順位題名ジャンルアクセス数
1 あさま山荘に行ってきました! こんな狭い場所で銃撃戦をやっていたの? 社会75,144
2 大山倍達の実像は? 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか 増田俊也著 を読む格闘技29,090
3 東日本大震災の地震はオカシイ? 地震波形を見る! 震災・原発24,845
4 真樹先生が高森真士のペンネームで書いた「血と骨」 柳川次郎との交流を読む 真樹日佐夫23,739
5 何かオカシイぞ! 東日本大震災前の建設関連株の動き 震災・原発21,559
6 極真会館はなぜ分裂したのか? 大山倍達の遺言 小島一志、塚本..格闘技20,152
7 笹川良一は本当に悪人だったのか? 悪名の棺 笹川良一伝 工藤美代子著 社会16,895
8 これはジョークではない! 金正日は日本人だった 佐藤守著を読む 社会16,656
9 間欠断食は効果抜群! 口ぐせダイエット 佐藤l富雄著 を読む ダイエット15,567
10 ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その2 格闘技14,119
11 合氣道の開祖 植芝盛平は弱かった? 中村天風と植芝盛平 氣の確立 藤平光一著を読む 格闘技13,226
12 「開運! 何でも鑑定団」の鑑定士の本「ニセモノ師たち」 中島誠之助著を読む 美術13,129
13 まっすぐに蹴る  佐竹雅昭著 を読む 格闘技11,906
14 「赤いサイロ」がK-1グランプリで優勝! テレビ朝日の「ミルミルミシル」 北海道11,195
15 東日本大震災の津波にも負けなかった! 日本三景の松島 東北10,459
16 「水分の摂りすぎ」は今すぐやめなさい 石原結實著 を読む 健康10,054
17 東日本大震災は人工地震か? 震災・原発9,901
18 世界を動かしているのはロックフェラーとロスチャイルドだ! 世界権力者人物図鑑 副島隆彦著 を読む 歴史の真実・陰謀論9,771
19 ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1 格闘技9,646
20 あさま山荘に行ってきました! 冬のあさま山荘はやっぱり寒かった... 社会9,494


今後ともご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

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究極のダイエット - 脂肪を摂るとやせる!  シリコンバレー式 「自分を変える最強の食事」 を読む [ダイエット]

シリコンバレー式 自分を変える最強の食事シリコンバレー式 自分を変える最強の食事← Kindle本です。

今回紹介する本は、「完全無欠ダイエット」の本です。
この本は2015年9月に発売なのですが、私は本屋に平積みしているのを見て即購入しました。

しかし、読んでみるとコーヒーのカビ毒の話やコーヒーにバターやオイルを入れるという「完全無欠コーヒー」というイカガワシイ話が書かれてあり、コーヒー大好きでブラックしか飲まない私は想像しただけで「うっ・・・」となり、さらにグラスフェッドバター、MCTオイル、中鎖脂肪酸などなど聞きなれない言葉が沢山出てきて途中で読むのを止めて、部屋の隅に置きっぱなしになっていました。

しかし、このブログでも紹介した「ジョコビッチの生まれ変わる食事」(http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2016-04-03)を読んで食事の重要性を再認識し、この本の事を思い出して再読してみました。
読みなおしてみると興味深い内容ばかりです。前回は何を読んでいたんだ?という感じです。それ以来何度も読み返しています。

著者である、デイブ・アスプリーは1970年生まれ、シリコンバレーの億万長者です。彼は、「低カロリーで毎日運動する」というこれまでのダイエット法を実践しました。しかし摂取カロリーを1日1,500~1,800Kcal、週6日、毎日90分の運動を実施したにもかかわらず、痩せることができず体重が140Kgまで増加したそうです。

それをきっかけにして人体の仕組みに関して研究を行い、ハッキング=バイオハック(太るメカニズムの解明と自分の体を使った人体実験)を開始 し、それに30万ドル(約3,300万円)以上使ったそうです。そして、最終的にたどり着いたダイエット法(「完全無欠ダイエット」)によって1日0.5Kgずつ減量し、元気になり、腹筋が割れ、回復力、集中力がUPしてIQがUPしたそうです。

さて、そのダイエット法ですが、著者が一番勧めているのが、朝、一杯の「完全無欠コーヒー」を飲むことです。これは、熱いコーヒーにグラスフェッドの無塩バターとMCTオイルを大さじ1~2杯入れて飲むものです。これまでの低脂肪が重要というダイエットとは真逆の方法です。これによって、朝食抜きでも空腹感を感じることなく昼まで脂肪を燃焼させて活動することができると言います。

バターとMCTオイルを入れることで中鎖脂肪酸をたっぷり摂ることができ、身体の中を脂肪燃焼モード(ケトン体モード)にすることができるという理論です。そして、良質な脂肪をたっぷりと摂ることで、脂肪はクリーンに燃え、栄養たっぷり、満足感をもたらし体も脳も最大限に機能させることができるとのことです。著者は、一日4,000~4,500キロカロリーの「完全無欠な脂肪」の食事を続けた結果、頭が冴え、痩せだしたと書いています。

グラスフェッドバター」、「MCTオイル」って何だ? と思われているかも知れません。(私も全然知りませんでした) グラスフェッドとは、要は牧草(グラス)飼育という意味です。最近の牛はほとんどが穀物で飼育されているので、こういう牛はグレイン(穀物)フェッドと言われています。牛が本来食べるべき牧草をきちんと食べているグラスフェッドの牛は健康で当然その牛肉は、グレインフェッドの牛に比べて「栄養が豊富で毒素が少なく、他のどんな食品よりも多くの抗酸化物質、オメガ3脂肪酸、微量元素、ビタミンを供給してくれる」とのことです。そして当然、牛乳にしてもバターにしてもグラスフェッド牛のものが格段に健康に良いそうです。
牛にジャンクフードを与えれば、牛はジャンクフードになる。反芻動物は草を食べるようにできているのだ。
MCTオイルのMCTは、「Medium Chain Triglyceride」のことで中鎖脂肪酸のことです。中鎖脂肪酸はココナッツオイルやパーム油などに含まれています。MCTオイルはそれから中鎖脂肪酸だけを抽出したもので、より純度が高いものです。最近、ココナッツオイルダイエットの流行っているようですが、ココナッツオイルの特有の匂いが苦手な人は、無味無臭のMCTオイルを使う方が良いと思います。

仙台勝山館 MCTオイル 360g <ココナッツベース100%>私も早速、MCTオイル+グラスフェッドバターを入れた「完全無欠コーヒー」を試してみました。確かに、油を入れているので油っぽくなりますが、変な味も匂いもなく全然普通に飲めます。私は、前回書いたように2月から「1日1食」を実行していたので、ダイエット効果に関してはあまり効果を感じていませんが、朝一杯の「完全無欠コーヒー」を飲むことで、自分で自覚できるくらい元気が出て、集中力が増し、頭がスッキリします。

脳を含めた細胞は脂肪で構成されていることを改めて強く実感しました。そして、確かに朝食抜きの空腹感の低減にも効果があるようです。グラスフェッドバターまではちょっとと思っている方は、MCTオイルだけでも効果がはっきり分かると思います。私も最初は、グラスフェッドバターは入れずに、ここで紹介しているココナッツベース100%の仙台勝山館のものを使用しました。(少々高いのが難点ですが...。)
有機バイオバター グラスフェッドバター 無塩バター

さらに高いのが、このグラスフェッドバターです。日本の乳牛はほとんどがグレインフェッドなので、どうしても輸入品になってしまいます。私の住んでいる川越にある成城石井に売っていたので、試しに買ってみましたがやはり高いな~というのが正直な感想です。(250gで2,500円!)

アスプリー氏は、バイオハックの段階であらゆるダイエット法を自分で試したそうですが、どれも成功しなかったそうです。
食事の目的は頭と体に燃料と栄養を届けることである。
⇒ 脳は1日のカロリー消費の25%を占める
⇒ 運動を増やしてカロリーを減らしたら疲労してやる気も出なくなる
これはとても説得力があります。そうなんですよ! 低炭水化物ダイエットや一日一食を続けると、腸内の善玉菌のエサが減るので腸内環境が悪くなります。そして、低脂肪の食事を心がけていると体が乾いてきて頭がすっきりしなくなります。
それらの解決方法がこの本にはいろいろと書かれています。

また、脂肪を沢山食べろという以外にも、この本にはこれまでの常識をひっくり返すことが沢山書かれています。
自分的に、一番うれしかったのが、コーヒーはとても体に良いということです。
コーヒーはスーパーフードである
⇒ 集中力、記憶力、パフォーマンスを高め、脳卒中や糖尿病のリスクを下げる
⇒ 腸内の善玉菌(やせる腸内細菌)のえさとなるポリフェノールを大量に含む(赤ワイン、チョコより多い)
(氏は「太るか痩せるかは腸内細菌で決まる」、痩せる腸内細菌を増やすことが重要だと言っています)
これ以外にも興味深い情報が満載の一冊です。

ダイエット、健康に関して興味がある方には必読の書だと思います。

ダイエットに関してはこちらもどうぞ。
・私も実践! 「やってみました1日1食!! 」 船瀬俊介著 を読む
・小麦は食べるな! 「ジョコビッチの生まれ変わる食事」 ノバク・ジョコビッチ著 を読む
・万病が治る! 20歳若返る! 『かんたん「1日1食」!! 』 船瀬俊介著 を読む
・男性は読まないように! 「炭水化物が人類を滅ぼす」 夏井睦著 を読む
・間欠断食は効果抜群! 口ぐせダイエット 佐藤l富雄著 を読む
・ダイエット本の決定版! 「やせる」 勝間和代著 を読む

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あなたを生かす油 ダメにする油 ココナッツオイルの使い方は8割が間違い体が生まれ変わる「ケトン体」食事法: 太らない、疲れない、老けない――体と頭を「糖化」させるな (単行本)やせたければ「いい油」オメガ3を摂りなさい 生活シリーズ1日スプーン2杯だけ ココナッツオイルでやせる!やせたければ脂肪をたくさんとりなさい ダイエットにまつわる20の落とし穴


「天皇とワンワールド」 京都皇統の解禁秘史 落合莞爾著 を読む [落合莞爾]

京都皇統の解禁秘史 天皇とワンワールド(国際秘密勢力)
最近の落合先生の本は難解なので、読むのに時間がかかります...。
本書のまとめを行っている中、落合先生の最新刊が発売になってしまいました。先生の本は、内容を理解するのが大変なのでなかなか追いつけません。(笑)
今回紹介する「天皇とワンワールド」は、先生が2015年9月20日に東京の学士会館で講演を行った時に話された内容のベースとなっている本です。


先生の講演のDVDです。
活字に出来ない《落合秘史》 日本人が知るべき「國體」と「政体」の秘密 (<DVD>)
私は先生の講演は、これまで発刊されていた、大塔宮計画、明治維新の裏などの話をされると思って行ったのですが、冒頭から「ウバイド文化」の話をされ、頭の中がパニックとなり「???」となりました。(笑)
しかも、先生はノー原稿で2時間休みなく講演をされ、そのパワフルさには本当に圧倒されました。興味ある方はDVDでその雰囲気を感じて欲しいと思います。


さて、この本の内容ですが、正直言って正確に理解できているとは言いかねますので、できるだけ私の言葉を挟まずに先生の言葉を紹介します。

●ワンワールドとは?
・国際秘密勢力で金融、宗教、軍事など基本的な分野に存在し、ワンワールド・バンカーはワンワールドの一部である。
これはいわゆる「ユダヤ」ではない。「ユダヤ人」という人種、民族はいない。ユダヤ教徒は存在するが、そのすべてがワンワールド・バンカーではない。ワンワールドは広義のフリーメーソンであり、その下に海外南朝衆、薩摩ワンワールド、観修寺衆など国體参謀、国體奉公衆がいる。

●京都皇統からの情報
・天皇しか見ることができない「ホンモノの皇統譜」が存在する。
・大塔宮護良親王の王子を北朝光厳上皇の籍に入れて崇光天皇とし、南北朝を秘密裏に統合した。
・欧州に渡った大塔宮の子孫がオランダ・ベルギーなどの王家となりその後の世界史の流れを決めた。
・大塔宮護良親王は、殺されたことにして極楽寺ネットワークを辿って奈良西大寺に入った。
⇒ 散所民社会の貨幣経済を掌握し、蓄積した西大寺の膨大な資産を使って欧州進出を行なった。
⇒ 極楽寺ネットワークは超宗教のマニ教思想で結ばれている。

●皇位継承権の要件 
・現在は、民間から皇室に皇后としてある程度自由に入っているように見えるが、現在でも大塔宮の血統の他に母系要件が必要。熊野別当の家系だけが皇后になれる(京都皇統代の舎人加勢の言)

●ウバイド文化
・太古メソポタミアで発生し、前3800年に終焉。ウバイド海民と騎馬民が東西に分かれる。
・東進した一派は日本列島に渡り、熊野、奄美大島に上陸。
⇒ 頭は、和田氏を称する「イシヤ」。紀ノ川「井口氏」、和泉「池田氏」、河内「和田氏」、「楠木氏」となる。
・西進した一派はケルト人国家を作った。
⇒14世紀に欧州に点在するウバイド・シュメル文明の遺民を結ぶネットワークを作るために大塔宮勢が欧州に入る。
「スメラ」は「シュメル」文明のアイデンティティを強調する合言葉
高松様は、よく口にされていた」(京都皇統代の舎人の言)
⇒ タクシス家が在欧大塔宮の血縁と推定。
・ウバイド人に入れ替わったのがシュメル人でウバイドを含めてシュメル文明と呼んでいる。ウバイド文化の本質は「思想と情報の文明」でワンワールド思想の根源となっている。ウバイド人は世界各地で「長者」と呼ばれ「イシヤ」を自称した

●欠史八代
記紀では神武即位を前660年としているが、神武東遷は前50年頃。記紀は神武の即位を600年遡らせている
⇒ 神武の即位を600年遡らせた理由は? 神武が釈迦より下るわけにはいかぬ(京都皇統の言) 記紀の天皇の不自然な長寿こそ、いかに不自然な長寿を用いても架空天皇を挿入しなかった証拠である
・欠史八代は実在した海人王朝(アマ王朝)であり、国體勢力の始祖。安曇海人族が北九州で起こした安曇王権の族長イハレ彦が東遷して神武天皇となる。
・北九州に残った安曇族の留守政権が欠史八代の九州分国となる。

●「国譲り神話」とは
・ 九州分国は、騎馬民王族を迎えて天皇とした。ミマキイリヒコ・イニエを開化の皇子として崇神天皇にする。その後、騎馬人男系と海人女系の対婚制とした。
⇒ 欠史八代から崇神への皇統変更(開化 ⇒ 崇神)が「国譲り」である。崇神はウバイド騎馬系と安曇海神系が混血した崇神天孫族であった。
①タケミカヅチは崇神天皇
②ヤヘコトシロヌシは在外国體
③タケミナカタは国體天皇
④大国主は孝元天皇

●三韓征伐
・仲哀天皇が半島から八幡系天孫(ホムダワケ)を迎え入れた。仲哀天皇は偽装崩御して満州に渡る。(仲哀は中継ぎ天皇)武内宿禰は崇神天皇朝の国體参謀総長。

●応神天皇
・紀元2世紀、羅津は崇神に王朝を譲った海人王朝の皇子フトオシが入り在外国體天皇となった国體天領。フトオシの子孫が八幡殿となり(八幡天孫族)その王子がホムダワケ(応神天皇)。満州の砂金を神功皇后に託し応神と凱旋(八幡ファンド)し、秦氏が宇佐に八幡宮を祀る。

●欽明朝はワンワールドへの開国
①國體外戚を春日小野氏からタチバナ氏に交替
②大陸史観の導入するため「フヒト=史家」を養成
③大乗密教の形をとったマニ教の輸入
 ⇒ 中心は聖徳太子。恵慈が伝えたワンワールド情報は「マニ教」。

落合秘史、古代史に興味ある方は、ぜひ読んでみて下さい。

【落合先生の本に関してはこちらもどうぞ】
・「吉薗周蔵手記」が暴く日本の極秘事項」 落合莞爾著 を読む
・落合秘史はここから始まった! 『天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実』 落合莞爾著 を読む
・「天皇とワンワールド」 京都皇統の解禁秘史 落合莞爾著 を読む
・「欧州王家となった南朝皇統」 落合莞爾著 を読む
・現皇室は南朝の末裔だ「南北朝こそ日本の機密」 落合莞爾著 を読む
・「日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義」 - 版籍奉還から満鮮経略への道 落合莞爾著 を読む
・「明治天皇“すり替え”説の真相: 近代史最大の謎にして、最大の禁忌」 落合莞爾、斎藤充功著を読む
・孝明天皇、大室天皇の真実! 明治維新の極秘計画 ――落合秘史Ⅰ 落合莞爾著 を読む
・ユダヤとは何か? 落合先生の最新刊、 金融ワンワールド 落合莞爾著を読む
・甘粕正彦もユダヤ? 上原勇作の特務、吉薗周蔵の手記にみるユダヤ 落合莞爾著
・「と学会」の本としてどうなの? トンデモ ニセ天皇の世界 と学会 原田実著
・乾隆帝の秘宝と『奉天古陶磁図経』の研究 落合莞爾著 を読む
・マスコミの報道は疑ってかかれ! 「ドキュメント真贋」 落合莞爾著 を読む

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天皇と黄金ファンド 古代から現代に続く日本國體の根本金融ワンワールド 地球経済の管理者たち南北朝こそ日本の機密 現皇室は南朝の末裔だ (落合秘史)明治天皇“すり替え”説の真相: 近代史最大の謎にして、最大の禁忌日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義 —版籍奉還から満鮮経略への道― (落合秘史)明治維新の極秘計画 「堀川政略」と「ウラ天皇」 (落合秘史)京都ウラ天皇と薩長新政府の暗闘 (落合秘史)欧州王家となった南朝皇統 (落合秘史)国際ウラ天皇と数理系シャーマン 明治維新の立案実行者 (落合秘史)奇兵隊天皇と長州卒族の明治維新 (落合秘史)逆説の明治維新 (別冊宝島 2315)天才画家「佐伯祐三」真贋事件の真実



小麦は食べるな! 「ジョコビッチの生まれ変わる食事」 ノバク・ジョコビッチ著 を読む [ダイエット]

ジョコビッチの生まれ変わる食事
ご存じ、テニスの王者、ノバク・ジョコビッチの本です。

ジョコビッチは、長い間続いたフェデラーとナダルの2強時代を終わらせて、2011年から王者となった選手です。その王者になれた理由がこの本に書かれています。それは、小麦などに含まれるタンパク質「グルテン」を食事から排除することでした。

Webを見ると、ジョコビッチも実践した「グルテンフリーダイエット」というようなブログも散見されますが、ジョコビッチがこの本で主張しているのは「ダイエット」ではありません。そもそもジョコビッチはダイエットをしたからNO.1になれた訳ではありません。

ジョコビッチは「グルテン不耐症」(セリアック病)という病気だったのです。ですので、グルテン不耐症だからグルテンを食べることを止めることで成績が向上したのです。確かに、グルテンと乳製品を絶つことにより、体重が5Kg減少しましたが、それが目的では無かったのです。

ジョコビッチは、2007年頃からTop10入りして、すぐにTop3に入ります。しかし、2強であるフェデラーとナダルとの差があり過ぎて、自ら「第二集団でもがくだけの存在だったプレーヤー」だったと書いています。その理由は、試合で勝ち上がっても、大一番で原因不明の発作により棄権や敗北が続いていたからです。マスコミや他のTopプレヤー達は、調整不足、体調管理不足、アレルギーなどと指摘していたそうですが、その理由が「グルテン不耐症」だったのです。2010年に、たまたまTVでジョコビッチの試合を見ていたセルビア人の医師が、発作で倒れるジョコビッチを見て、「グルテン不耐症」ではないか、と判断したことがきっかけとなりました。

そして、原因が分かり食事からグルテンを排除したジョコビッチはすぐに5Kg痩せ、脳の中の霧が晴れボールに対する反応が速くなり、身体の柔軟性が増したことで2011年は、全豪・全英・全米オープンで優勝し、念願の世界ランキング1位になります。そして、それ以降2012年、2014年と世界1位を維持し、2016年現在も絶対的王者として君臨しています。

ジョコビッチは、1日5時間以上ハードなトレーニングを続けていたことで有名ですが、グルテンを排除する前は、あまり食事に気を使っていなかったようです。「これだけトレーニングをしているのだから...」とけっこう間食なども行っていたようです。しかし、その後食事からグルテンを排除することですぐに5Kg痩せたため、「運動だけで痩せようと思うのは考え直した方がよい」と書いています。

ジョコビッチは、すべての人に自分と同じような食事をするようにとすすめているのではありません。人はみんな違う身体を持っているのだから、自分にあった食事をすることが重要だと言っています。その一つの例として、「グルテンを14日間だけやめてみて、どういう気分になるか試してみてほしい。そして、15日目に、パンを少しだけ食べて様子をみてほしい。体が発する声に耳を傾けてほしい。」を提案しています。

その理由は、ジョコビッチと同じようにグルテン不耐症の人がいる可能性があること。そしてもう一つの理由は、現在グルテンはあらゆる加工食品に使用されており、そのほとんどが遺伝子組み換えされた穀物であり、これを食べることによって脳の中で炎症が起こると言われています。そのため、2週間そのような食物を排除することで、グルテンが自分の体に与えている影響や、自分の体の変化(体の訴え)をよく観察して欲しいということです。

ちなみに、ジョコビッチのお父さんはピザ屋をやっていたそうですが、診察の結果グルテンの他に、乳製品やトマトに対してもアレルギーがあることが分かり、診察した医師に思わず「ちょっと待って下さい。私の家はビザ屋なんですよ!」と叫んでしまったそうです。

さらにジョコビッチは、この本の中で遺伝子組み換え穀物がさまざまな加工食品に使用されていることを含めて食品業界が儲かり、それによって私達の健康が損なわれ、医療業界が儲かっていることを指摘しています。これはジョコビッチの立場を考えるとかなり勇気のある発言だと思います。

ジョコビッチはセルビア(旧ユーゴスラビア)の出身です。サッカーで言うと、オシム元全日本監督やピクシーことストイコビッチも同じ国の出身です。サッカー関連の記事で、ユーゴが内戦で大変だったことは知識としては知っていましたが、それ以上の詳しい事は知りませんでした。

この本には、ジョコビッチがテニスを始めた子供の頃、毎晩のようにNOTO軍の空爆を受け、防空壕に避難する日々だったことが書かれています。そのような状況でも次の日にはテニスの練習場所を探して、毎日練習したそうです。このような死と向かい合わせの体験がジョコビッチの精神力のベースにあることが分かりました。

正直言って私自身は、ジョコビッチはあまり好きなプレーヤーではありませんでした。(錦織ファンです) しかし、この本を読んで非常に感銘を受け、好きな選手の一人になりました。また、このように自分が飛躍できた秘密をあえて公開していることに驚きました。これはプロ選手として自分の強さに絶対の自信があるからできる事だと思います。何故なら、この本を読んだ無名の選手がグルテンフリーによってジョコビッチのように大飛躍を成し遂げて、No.1の座を脅かされるリスクだって十分にあるからです。

おそらくジョコビッチにとっては、その程度であれば受けてたつよ! という自信があるのでしょう。ただ、この本の中でメンタル面の安定方法に関しては、「僕はまだ現役のプレーヤーなので詳細は書かない」というような事を書いていますので、ジョコビッチにとっては食事よりもメンタルの安定の方が守るべき秘密のようです。

食事に関して興味がある方にはお勧めの一冊です。

ダイエットに関してはこちらもどうぞ。
・私も実践! 「やってみました1日1食!! 」 船瀬俊介著 を読む
・万病が治る! 20歳若返る! 『かんたん「1日1食」!! 』 船瀬俊介著 を読む
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2週間で体が変わるグルテンフリー(小麦抜き)健康法 (青春新書インテリジェンス)いつもの小麦が不調の原因! グルテンフリー入門 (TJMOOK 知恵袋BOOKS)小麦は「毒」?: 小麦のグルテンがあなたの健康をむしばんでいる「いつものパン」があなたを殺す: 脳を一生、老化させない食事 (単行本)疲れやすい人の食事は何が足りないのか (青春新書プレイブックス)




歯周病は病気の原因になる! 「白米が健康寿命を縮める」 花田信弘著 を読む [健康]


白米が健康寿命を縮める 最新の医学研究でわかった口内細菌の恐怖 (光文社新書)白米が健康寿命を縮める~最新の医学研究でわかった口内細菌の恐怖~ (光文社新書) ← Kindle版です。

虫歯や歯周病が歯だけでなく、全身の病気の原因になるというコワい話です。

著者の花田 信弘氏は、1953年福岡県生まれ、福岡県立九州歯科大学歯学部卒業、同大学院修了。米国ノースウェスタン大学博士研究員、九州歯科大学講師、岩手医科大学助教授、国立感染症研究所部長、九州大学教授、国立保健医療科学院部長を経て現在、日本歯科大学、明海大学等の客員教授、非常勤講師等をされています。

この本の要旨をまとめて言うと、

口内細菌(虫歯菌や歯周病菌)が血液中に入り込み、がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、慢性関節リュウマチ、脳脊髄膜炎、心内膜症 などの原因となる。

ということです。
血液の中に細菌が入りこんだ状態で、急激に菌が増えた場合は敗血症となりますが、菌が徐々に増える場合は、菌血症と言われます。そして、体の中で唯一、日常的に菌が簡単に血液の中に入り込める場所が「虫歯の穴」と「歯茎の間の炎症でできた隙間とその奥の血管」だそうです。

口内細菌は、歯の表面にバイオフィルムと言われる菌の保護膜を作り、これはうがいでは取ることができず、歯垢、歯石となり物理的に砕くしか除去することはできません。そのため、バイオフィルムの状態の時に歯磨きできちんと取る必要があります。食事をした後、歯磨きをしないで寝ると確実に口内細菌は増殖して血管内に入り込み血液と一緒に全身を巡ることになります。(バイオフィルム1mg内に約1億個の細菌が存在する)
このバイオフィルムという概念は、20年前には存在しなかったものだそうで、古い歯医者さんはあまり気にしていないかもしれませんね。

口内細菌には以下の2種類があります。
①歯周病菌Gr:菌自体が毒素を持つタイプで、耐熱性があり、ホルマリンで無毒化できない。
②虫歯菌Gr:体内に入って毒素を放出するタイプで、熱やホルマリンで無毒化される。

虫歯の場合は、歯医者に行って治療しますが、歯肉炎などの軽い歯周病の場合はそのまま放っておくことが多いと思います。しかし、歯肉炎は発症して炎症を起こし、潰瘍面から毒を持った細菌が血液中にどんどん入ることで、血管の劣化や老化の原因になるそうです。

そうは言っても、人間の体は外からの菌に対して防御機能がきちんとしているはずでは? と思いますよね。私もそう思っていました。でも口腔内細菌が増え始めたのは進化の過程ではつい最近のことであるため、人間の防御機能が対応できていないそうです。

さて、ここからが本題です。その最近とはいつかと言うと、稲作が始まった時だそうです。そして、米やイモなどの糖質を加熱した時に、βデンプンがαデンプンになる(糊化)ことが問題で、これが虫歯の原因となります。この糊化したものが、いったん冷えるとデンプンはβ化するので虫歯のリスクは減るそうです。つまり、ホッカホカのご飯よりも、冷やした冷や飯の方が虫歯のリスクが低いということです。

稲作を行う前の原始人の時代は虫歯、歯周病は無かったそうです。原始人の頃は山菜、木の実、魚介類、獣肉類などを食べていたようです。また、チンパンジーには虫歯や歯周病がないそうです。

つまり、米などの「糖質のみが虫歯の原因であり、歯周病菌のエサとなる」ということです。
食後の歯磨きは当然ですが、米などの糖質を減らすことも重要ですね。
糖質は美味しいですが、歯周病や肥満などの原因となりマイナス面も大きいですね。

私のとっては衝撃的な内容でした。
みなさんにもお勧めします。

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科学的根拠に基づく歯周病へのアプローチ歯周病で死ぬのはイヤだ!歯周病専門医が教える糖尿病がよくなるとっておきの方法歯と歯ぐきを守る新常識 歯みがきだけで虫歯や歯周病が防げない本当の理由 (サイエンス・アイ新書)歯は磨かないでください 歯周病を治すと、全身が健康になる (廣済堂健康人新書)




私も実践! 「やってみました1日1食!! 」 船瀬俊介著 を読む [ダイエット]

やってみました! 1日1食

またまた船瀬俊介氏の一日一食の本です。

今回の本は、実際に一日一食を実践されている方々のインタビューがいろいろと載っていて参考になります。特に、運動をやっている方々に一日一食はどうなのか? ということが気になって読みました。


前回も紹介したように、一日一食の効果は以下のようにたくさんあります。
①持病が消える (糖尿病、水虫など)
②病気にかかりにくくなる (免疫力UP)
③身体が軽くなる (体重が減る、末梢血管まで血流が良くなる)
④疲れにくくなる (一日三食食べると消化エネルギーを厖大に消費する)
⑤睡眠時間が短くなる
⑥肌が若返る
⑦頭が冴えてくる (脳神経細胞のデトックス)
⑧生き方が前向きになる
⑨身体が引き締まる
⑩不妊症が改善する (男女とも)
⑪寿命が延びる
⑫食費が三分の一ですむ (食べないので当然)
⑬仕事がはかどる
⑭趣味を楽しめる
⑮感性が豊かになる

WEIGHT.JPG実は、私も1月の末から一日一食を実践してみました。現在、約4週間ですが、正直言って上に記載した効果をそれほど感じていません。(^^) もともと健康のために糖質制限をしたり、サプリメントを飲んだり、発酵食品を食べたりしていたので、普通の人ほどの効果が出ないのかもしれません。
でも、このグラフを見て頂くとお分かりのように、体重だけは確実に減りました。数値だけ言うと、4週間で4Kg減りました。
ただ、オレンジの矢印で示した部分で急激に体重が落ちていますよね。これは、2日間、38.5℃くらい熱が出てずっと寝ていたからです。2日で2Kg痩せました。ここで大きな発見がありました。

「一日一食で一食抜くと約2日の断食となる」

考えてみれば当たり前ですが、実際にやって見てすごく新鮮な発見でした。そして熱から回復した時は、●○ザップ並みの腹筋ボディーになっていて鏡の前でポーズしてみました。(笑)
ただし、一日一食の目的は痩せることもありますが、排毒、解毒が大きな目的ですので、それも忘れずに。

健康法に関する効果の検証が難しいのは、今回の熱を出した事が、「健康に気を使っていなければもっと熱が出ていた」のか、「健康法が間違っていたから熱が出た」のかの判断が誰にもできないことです。(笑) 自分のクローン人間を作って並行して実験したいものですね。

グラフを見てお分かりのように、最初のうち体重の落ちが悪くなっています。これは、最初は「プチ一日一食」の乗りで始めたからです。そして、家族と一緒の土日は一日二食にしていたからです。断食なども会社で一人の時は自由にできますが、家族と一緒の時に食べないのは、なかなか難しいものです。

最初の頃は、朝・昼:コンビニの飲むヨーグルト(180ml)、その間に空腹になったら、LG21(明治ヨーグルト)を飲み、夕食を食べる。2週間経った頃から、コンビニの飲むヨーグルトを止めて、昼と3時にLG21と夕食の一食としました。これで何とか続けられそうです。

一日一食にすると、確かにお腹が減ります。しかし、船瀬氏が書いているように、
「空腹を楽しめ」
「ああ、お腹が減ったなあ。なんて気持ちいいんだろう・・・」
そう思うと、本当にえも言われぬ心地よさを感じます。
「ああ、ありがたいなあ。生命の力が湧いてくるなあ」
眼を閉じて、その快感をじっくり味わいます。まさに、空腹を楽しむ境地です。
私の場合は、空腹の時は体中の免疫細胞がウィルスを食べているイメージをして空腹を楽しんでいます。(笑)

ダイエット、健康に興味ある方は、ぜひ読んでみてください。
そして、一日一食を一緒に実践しませんか?

【2016..03.13 追記】
1日1食を継続して気になった点を追記します。体重は、さらに下がって5Kg減りました。お腹回りの脂肪が減り、腹筋も割れて見えています。
①便秘がちになる:一日2食から食べる量が半分に減るのですから仕方がないとは言え、毎日快便だったのが、2~3日出なくなるのは不快です。(^^) 出る時はまとめて大量に出るので、体重の減りがリニアではなくなります。
②長時間座るのが苦痛になる:お尻の脂肪も減るため、イスに長時間座るとお尻が痛くなります。これは以前の間欠断食で痩せた時も感じました。仕事で座り続けていると、1時間おきに立ちあがったり、したに厚いクッションを置く必要があります。
③寒がりになる:全体的に脂肪が減っているのからだと思いますが、寒い日は極端にトイレが近くなります。でも、お腹回りがスリムになってズボンのベルトの穴が足りなくなってきましたので、ニンマリです。

ダイエットに関してはこちらもどうぞ。
・小麦は食べるな! 「ジョコビッチの生まれ変わる食事」 ノバク・ジョコビッチ著 を読む
・万病が治る! 20歳若返る! 『かんたん「1日1食」!! 』 船瀬俊介著 を読む
・男性は読まないように! 「炭水化物が人類を滅ぼす」 夏井睦著 を読む
・間欠断食は効果抜群! 口ぐせダイエット 佐藤l富雄著 を読む
・ダイエット本の決定版! 「やせる」 勝間和代著 を読む

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一日一食 ~40歳を過ぎたら、食べなくていい~やってみました! 1日1食「食べない」健康法 (PHP文庫)できる男は超少食―空腹こそ活力の源 !「空腹」が人を健康にする一日一食断食減量道 (講談社プラスアルファ新書)




万病が治る! 20歳若返る! 『かんたん「1日1食」!! 』 船瀬俊介著 を読む [ダイエット]


万病が治る! 20歳若返る! かんたん「1日1食」!! (講談社文庫)万病が治る! 20歳若返る! かんたん「1日1食」!! (講談社文庫)
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一日一食に関する本です。
著者の船瀬氏は、1950年福岡生まれ。九州大学理学部 ⇒ 早稲田大学文学部卒業 という変わった経歴の持ち主です。医療、食品、環境問題に取り組んでいるジャーナリストです。

最近、よく耳にする「1日1食」に関する本です。以前このブログで紹介したように、私は朝食抜きの生活を続けており、2週間1日おきに断食する「間欠断食」を実行したこともあります。
しかし、「1日1食」については、なかなかハードルが高くて実行できていませんでした。最近、動物写真家の小原玲さんが、ブログなどで「1日1食」でダイエットしたことを書いていて、「やってみようかな・・・」と思いこの本を手にとりました。

「1日1食」は、芸能界でも実践者が多いようで、タモリさん、ビートたけしさん、水谷豊さん、千葉真一さん、福山雅治さん、GACKTさん、未唯さんなどが行っているそうです。その他作曲家の三枝成彰さん、作家の桐島洋子さんも「1日1食」の実践者とのことです。
確かにその人たちの顔を思い浮かべてみると元気でエネルギッシュに活動していますね。

「腹八分で医者いらず」、「腹六分で老いを忘れる」、「腹四分で神に近付く」という言葉は、船瀬氏が40年以上前に取材したヨガ道場の導師の教えだそうです。
なぜ「1日1食」が体に良いのでしょうか?
すでに、1935年に米コーネル大、C・M・マッケイ教授がマウスの摂取カロリーを六割にすると、十割の飽食ネズミに比べて、二倍生きることを確認しています。 さらに、そのメカニズムも1999年、レオナルド・ガレンテ教授(マサチューセッツ工科大学教授)の長寿遺伝子サーチュインの発見により立証されました。
つまり、「栄養は多ければ多いほどよい」ということはなく、「栄養は少ないほどよい」ということです。カロリー制限(ファスティング:少食・断食)することで、細胞を活性化させ、寿命を延ばすことができるということですね。
野生のライオンも満腹の時には、獲物を襲ったりしないそうですが、体の免疫細胞も血液中に栄養が十分にあると細菌などが侵入してきても、攻撃しないようです。人間も、太古の昔において、頭を最高に働かせて体力を目一杯使う時というのは、何日も食べておらず空腹の状態で獲物を捕える時であったろうと考えられます。
ですので、「1日1食」で体内が飢餓状態の時の方が免疫力が上がり、頭の回転も早まり、活動的になるというのはとても理にかなっていると思います。

また、人間は食料を食べることによって、栄養と一緒に毒素も身体に取り込んでしまいます。一日三食食べるとこの毒素は身体の新陳代謝能力を越えるほどの量になって脂肪組織に多く蓄えられるとのことです。この溜まった毒素がさまざまな病気の原因と考えられます。
そして、この「一日一食」のファスティングを行うことで、「体毒」(身体の中に溜まった毒素)を身体の外に出すことができるのです。この自己浄化(デトックス)こそファスティングの最大の効能であるとのことです。

船瀬氏は「一日一食」の効能を15項目あげています。
①持病が消える (糖尿病、水虫など)
②病気にかかりにくくなる (免疫力UP)
③身体が軽くなる (体重が減る、末梢血管まで血流が良くなる)
④疲れにくくなる (一日三食食べると消化エネルギーを厖大に消費する)
⑤睡眠時間が短くなる
⑥肌が若返る
⑦頭が冴えてくる (脳神経細胞のデトックス)
⑧生き方が前向きになる
⑨身体が引き締まる
⑩不妊症が改善する (男女とも)
⑪寿命が延びる
⑫食費が三分の一ですむ (食べないので当然)
⑬仕事がはかどる
⑭趣味を楽しめる
⑮感性が豊かになる

では、これだけメリットのある、画期的なファスティングがメジャーになっていないのは何故でしょうか?
その理由は、ファスティングの効用を認めると困る人たちがいるからだと船瀬氏は指摘します。具体的には、食料消費量が半分になったり、病気の患者が半減したりすると困る人たちがいるということです。農業、漁業、食料品業界や医療業界、医薬品業界などの人たちにとって市場規模が半減すると死活問題になります。これは言われてみればもっともです。
私たちが健康になると困る人たちがたくさんいるというのは何とも歪んだ世界ですね。

ダイエット、健康に興味ある方は、ぜひ読んでみてください。

ダイエットに関してはこちらもどうぞ。
・小麦は食べるな! 「ジョコビッチの生まれ変わる食事」 ノバク・ジョコビッチ著 を読む
・私も実践! 「やってみました1日1食!! 」 船瀬俊介著 を読む
・男性は読まないように! 「炭水化物が人類を滅ぼす」 夏井睦著 を読む
・間欠断食は効果抜群! 口ぐせダイエット 佐藤l富雄著 を読む
・ダイエット本の決定版! 「やせる」 勝間和代著 を読む

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